ブライアン・ジョーンズ7アンダー、尾崎6アンダー。1989年、第54回日本オープンは2人の接戦で残り2ホールとなっていた。

この日の名古屋ゴルフ俱楽部和合コースは、朝から強風が吹いていた。17番、18番は強烈な向かい風となっていた。

画像: 最終日9番で「7」を叩き、勝負の行方はバックナインへ・・・

最終日9番で「7」を叩き、勝負の行方はバックナインへ・・・

17番 (171ヤード)。ジョーンズがオナー。ここまで2番、10番でバーディ、ボギーは11番のひとつに留め、ゲーム巧者らしいゴルフを展開していた。ピンは左奥。グリーン左には深いバンカーが口を開けている。ジョーンズにしてみれば18番が長いパー4(430ヤード)になるだけに、ロングヒッターの尾崎に分がある。リードを保ったまま最終ホールを迎えたい。打球は定石通りグリーンセンターを捕えた。

尾崎にとって 和合は中日クラウンズで村上隆と競ったときに逆転負けをした苦い経験がある。「あのときのことをやってはダメなんだ」と自分に言い聞か せ、風の和合と闘っていた。打球は打った瞬間に左とわかるミスショット。さすがの尾崎も叩きにいってしまった。

左のバンカー、しかも左下がりのライに止まったボールを見て「これで終わったか」と尾崎は思った。100回打って1回入るかどうかの難しいバン カーショット。「オーバーしても同じだ。よしっ、カラー一本攻めだ。やるだけやってみよう」。打球はカップに吸い込まれた。そしてその瞬間、勝負の流れは一気に尾崎に傾いた。

2年前のフジ サンケイで尾崎は16番、17番で連続チップインで優勝している。「ここぞ」というときの尾崎の精神集中は、並の人間には計り知れないも のがある。

18番 (430ヤード)。風でアドレスを一度解いた。再びセットアップ。尾崎の眼はフェアウェイの一点に集中していた。「ジョーンズはスーパー ショットを2度打って、やっとグリーンオンかどうかだ」。持ち前の飛距離で優位に立ちたい。しかし、パワーヒッターゆえの泣き所はスピン 量の多さである。風が吹けばスピン量の多い打球は仇となる。叩きにいき、ちょっとでもミスをすれば大けがもある。

画像: さあここからだ。尾崎は18番ティでさらに精神を集中させた

さあここからだ。尾崎は18番ティでさらに精神を集中させた

尾崎の手には 「テーラーメイドのメタル」が握られていた。米国ロス合宿で出合ったメタルヘッドは、尾崎の悩みを一気に解決する物だった。パーシモンに 比べ圧倒的にロースピンボールが打てる。さらにティアップを高くし、スピン量を減らす努力をしてきた。

尾崎の打球は 上空の強い向かい風に戻されながらもフェアウェイ右サイドを捕えた。飛距離250ヤード。ジョーンズもフェアウェイセンターをしっかり捕えた。

しかし、この時点で勝負がついていたのかもしれない。残り220ヤード。ジョーンズは3番ウッドのフェースをかぶせ低い球でグリーンを狙ったが、打球は大きく右に曲がりギャラリーの頭上を越えOBゾーンに転がり落ちた。ダブルボギーとし5アンダー。

尾崎はピンを狙った。低く打ち出された打球は向かい風でめくれ上がり左のバンカーにつかまった。パーパットも1メートルを残した。入れて優勝。まさに 前回大会、東京ゴルフ俱楽部で3回仕切り直した場面の再来だった。

「日本オープンで勝つための勉強と研究をしてきたから、もうああいうことはない」と尾崎は言ったが、和合での日本オープンを「つらかった。反省することばかりだ。いくら練習しても和合は思ったようにできない」と本音をもらした。

画像: 18番ジョーンズのOBは「無理が呼んだ結果」とジャンボは分析した

18番ジョーンズのOBは「無理が呼んだ結果」とジャンボは分析した

文/月刊ゴルフダイジェスト編集部

来週の「月→ 金コラム」は史上初の日本オープン3連覇に挑む、尾崎将司「誇り高き敗者」を掲載します。

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