親父にえらく 怒られたことがありましてね、その一言がいまだに耳に残っています。ゴルフを始めて1年半か2年目、小学5年生のころだった。門司ゴルフ俱楽部で親父と一緒にプレーしていたわけです。ハーフ40台が出たり出なかったりで、ゴ ルフが面白くなってきた時期です。

一打の価値とか重みみたいなものもわかりかけてきた。ワンストローク差で50が切れない口惜しさも味わっていたわけです。忘れもしない6番ホールですよ。セカンドショットがグリーンサイドのラフの小山に入って、ボールが芝に隠れてよく見えない。でも見当つけてポンと打ったわけです。なんと空振り。軽く打ったんでボールは動かなかった。

改めて打ち直して、ホールアウト後、親父にスコアを報告したわけです。いくつだったかスコアは忘れましたけど、空振りの一打を加えないで・・・。

怒りましたね、親父は。

「そんなんだったら、ゴルフやめてしまえ!」

私としては、まだ6番だったし、ここで一打多いか少ないかでハーフ40台、ワンランド90台のスコアが出せるかどうか、先になってモノを言う。と、そういう心が働いていたわけですよ。で、思わず言っちゃったのね。空振りを勘定に入れない数を。

今思うとゾッとするほどオソロシイ。もしあのとき親父が叱ってくれなかったら、それをいいことにして似たようなことを繰り返していたかもしれない。

人が気づかなければ、スコアを誤魔化してもかまわないのだ。空振りは勘定に入れなくてもいいのだ。強いては、人の目を盗むようにして不正を犯す。そういうゴルファーになっていたのではないかと、空恐ろしく思うわけです。

絶対にウソはつかない。不正は犯さない。それ以来です、親父の一言を戒めにしてゴルフをするようになったのは。心の準備が出来た、と言ってもいいでしょうね。

画像1: 中部銀次郎「そんなんだったらゴルフやめろ!」親父の一喝

人の心はつか みどころがないと思うのですが、それだけに心で技術が左右されたり、プレー態度やマナー、エチケットも左右されやすい。あんまりエラそう なことは言えませんけど、心掛け次第でどうにでもなってしまうのがゴルフだと思うんです。

その“一件” ばかりじゃなしに、思うプレーが出来ないときなど、クラブを叩きつけたり、ふてくされた態度をとったこともあった。子供だから仕方ない、ということで親父が見逃していたら、いまだにそうやっていたかもしれないですが、その都度、親父はたしなめてくれた。ゴルフの心構えを注 意してくれたわけです。

自分を律する心ですかね、これはあらかじめ準備しておかないと出来ない、と私は思う。ミスの言い訳をしたり、大叩きの口実を言ったり、レバタラ勘定で 口惜しがったり、人に言ってもなんのたしにもならないようなことを並べたてるのも、心の準備が出来ていないからじゃないでしょうかね。

ゴルフやっていれば、いろんなことがありますよ。ラッキーもあればアンラッキーもある。そのたんび、手柄ばなしをしたり言い訳を言っていたんじゃ、聞かされるほうが参りますよね。

幸いにして私の場合は「親父の一言」があったので、どうにか心の準備が出来るようになったわけです。

6番ホールの空振り。

どんなショットにも増して、あのアプローチほど印象深いものはありません。思えば“価値ある空振り”でした。

画像2: 中部銀次郎「そんなんだったらゴルフやめろ!」親父の一喝


なかべ・ぎん じろう
昭和17年山 口県下関生まれ。小学4年生のとき父・利三郎氏の指導でゴルフを始めた。6年生のときのハンディは22。1962年に日本アマを初制覇し て以来6回のタイトルホルダーに輝き「アマ界の帝王」と呼ばれる

(1987年 チョイスVol.32より)

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