ギア!名勝負第12回は、1991~1992年に登場し、当時のツアープロを魅了したパター タッド・モア「マックス・フライ TM-8」とケン・ジアニーニ「ハンドメイド1」をご紹介します。


画像: タッド・モア マックスフライ TM-8 1992年

タッド・モア
マックスフライ TM-8
1992年

画像: ケン・ジアニーニ ハンドメイド1 1991年

ケン・ジアニーニ
ハンドメイド1
1991年

2つの異なる哲学がツアーの支持を集めた

パターの削り出し製法をいち早く導入したのは米国のパターデザイナー、T・P・ミルズやタッド・モアたちで、80年代半ばのこと。ミルズは当時すでにかなりの高齢だったこともあり、この方法を本格的に普及させたのはモアだった。

彼の初期のモデルは軟鉄製でガンブルー仕上げがトレードマーク。フィーリングがソフトという評価で、グレッグ・ノーマンやファジー・ゼラー、セベ・バレステロスら多くのトッププロが使い始めた。91年のマスターズでは、イアン・ウーズナムが第2ラウンドから突如モアのモデルに替えて優勝、一挙に話題性を集めた。

画像: 91年全米オープン イアン・ウーズナム タッド・モアのパターを使用

91年全米オープン イアン・ウーズナム 
タッド・モアのパターを使用

ケン・ジアニーニも削り出しに早くから注目したひとり。ツアープロだった彼は、80年代半ばにパターデザイナーに転身し、ベン・ホーガンやクリーブランドクラシック、レイクックなどのパターをデザイン。90年代に入り、オリジナルのモデルを開発するようになる。

モアにしても、ジアニーニにしても、当時削り出しパターがプロたちに好まれた理由のひとつは、それ以前のパターに比べるとヘッドが重めに作られていたことにある。トーナメントのグリーンがどんどん速くなっていた時代、重いとストロークが安定するし、タッチが出やすい。精度の高い製法なので重量コントロールしやすいこともあり、プロたちの声に素早く対応できるのも削り出しのメリットだった。

ただそれぞれに個性はあり、モアが追求したのはソフトなフィーリングだったが、ジアニーニは構えやすさやストロークのしやすさにこだわった。トップブレードがトウ側からヒール側にかけて曲線ではなく、円弧状にカーブを描いていたのは彼のモデルが初めてで、これはアップライトなアドレスでもフラットなアドレスでも自然に構えることができるというのが狙いだった。また彼は、イン・トゥ・インの軌道が基本という考え方で、ネックもシャフトの曲げ加減もそうしやすいように設計されていた。

93年 グレッグ・ノーマン
タッド・モアのパターを使用

ノーマンのように、ほぼ同時期に両者のモデルを使い分けていたプロもいるので、2人の勝負はついてはいない。言えるのは、2人がミルズの後を継いで、削り出し製法を広め、さらにこの時期、S・キャメロンやB・グレース、K・バーンズ、R・J・ベティナルディらも加わったことで、パターのクォリティや完成度が一挙に高まったということだ。

文/近藤廣

月刊ゴルフダイジェスト 2015年5月号より

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