「ボクたちのジュニア時代」では、現在第一線で活躍するプロのジュニア時代の思い出をご紹介します。

第3回 星野英正プロ

星野英正プロ
メジャー1勝を含むツアー通算3勝

アマチュア時代に日本アマ3勝などタイトルを総なめし、最強軍団・東北福祉大ゴルフ部の礎を築いた星野プロ。どんなジュニア時代を過ごしたのか、星野プロ本人に語ってもらいました。

買い物カゴ2つ分の球を打つのが日課だった

1998年 日米大学選手権

シングルプレーヤーだった父の姿を見て、ゴルフを始めた

僕がゴルフを始めたのは中学生の時でした。小6まではサッカー少年団に入っていたのですが、シングルプレーヤーだった父親の姿を見て、ゴルフをやってみたくなったんです。父親はゴルフが上手で、いろんな大会に出ては入賞してトロフィーをもらってきて、家に飾ってあったんです。それを見て、「俺にもできるんじゃないか」って思ったのがきっかけですね。

自宅で「買い物カゴ2箱分」の球を毎日打った

「やるんだったら徹底的に」というのが父のやり方でした。毎日一生懸命やることが僕がゴルフをやる条件で、いい加減はダメということでした。ゴルフをやりたいといったのは自分だし、父にゴルフをやめろと言われるのが恐ろしくて、必死になって練習しました。父は部屋の中に、練習場にあるようなマットと、鳥かごで組んだ練習コーナーを作ってくれて、僕はそこで練習を始めたんです。練習場にいくまでの6ヶ月間、買い物カゴ2箱分の球を打つのが日課でしたね。

とにかく“スパルタ”だった

ゴルフをはじめて3ヶ月で試合に出て、結果は7位。すごく緊張しましたね。父のやり方は、一言でいえば「スパルタ」でした。ジュニアの試合では有名で、他の選手が震えるほどに怒るし叱る。霞ヶ関CCで行われた日本ジュニアで負けて、帰りの車中、仙台まで叱られ続けたこともあります。叱られる理由は、スコアもさることながら、ゴルフの内容が悪いとき。それ以上に礼儀には厳しかった。知らない人でも大声で挨拶しろと。

ゴルフ場を出たら学生なんだから、一流の人間を目指せと言うんです。でもコースでは王様のつもりでプレーしろと。そういうプレーができなければ、容赦なく叱られました。

2008年「UBS日本ゴルフツアー選手権 宍戸ヒルズ」でメジャー初タイトルを獲得

今になって、“スパルタゴルフ”のありがたさが分かる

当時を振り返れば、確かに叱られるのは嫌でしたけど、そういう父がいなければ僕はプロになっていなかったと思います。父の厳しさは、今になれば感謝するばかり。最近の風潮では、子供を怒ることはあまりよくないとされていますが、甘やかしてばかりではダメだと思います。「試合で負けて悔しい、次は絶対勝ちたいんだ」というハングリー精神がなければ強くはなれない。一流を目指すのであれば、親の厳しさはある程度は必要だと思いますね。

※月刊ゴルフダイジェスト2014年8号より

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