2017年マスターズは、セルヒオ・ガルシアとジャスティン・ローズの歴史に残る名勝負で幕を下ろした。過去にも、メジャー大会の歴史の中には数々の名勝負がある。後世に残る伝説の場面を振り返ってみよう。

1977年全英OP「真昼の決闘」

1977年の全英OPではジャック・ニクラスとトム・ワトソンが「真昼の決闘」と呼ばれることになる一騎打ちを演じた。2人は3日間トータル7アンダー、68、70、65と一日ごとのスコアまで同じで並ぶ。

最終日、再び並ぶのが15番ホール。ボギーなしで完璧のニクラスに対し、ボギーの分だけリードされたワトソンが、グリーン外から18メートルのロングパットを沈めたときだった。

画像: 大舞台でニクラスを下したワトソン(写真は80年全英OP)

大舞台でニクラスを下したワトソン(写真は80年全英OP)

16番両者パー。17番で両者の明暗を分けることになる。ここは距離の短いパー5で、ワトソンが先に2オンを果たし、そのあとニクラスはショートさせる。

ワトソンはこのホールでニクラスに1打差をつけ、最終ホールはピン横50センチにピタリとつけてニクラスの追撃をゆるさなかった。18番でニクラスはバーディをとったものの、ワトソンは50センチをいとも無造作に沈めて戦いを制したのだった。

1980年全米OP「バルタスロールの死闘」

1980年全米OPで青木功とジャック・ニクラスが死闘を演じた場所は、米国・バルタスロールGCだった。青木は4日間ニクラスと回り、一歩も引けをとらなかった。優勝こそ“帝王”ジャック・ニクラスに譲ったものの、日本人初の2位。しかも、単独。4日間、遂にオーバーパーを記録しなかった。

画像: 1980年全米OP「バルタスロールの死闘」

4日間、71ホールをすべて共に歩き、闘った相手、ニクラスが呟いた。「アオキは粘り強い男だ。素晴らしいプレーヤ―だ」。それは、敗者を讃える外交辞令ではなく、タフな戦場で闘い合ったスーパースター同士の“男の熱い共感”が言わせた、素直な言葉だったに違いない。

タイガーとメディエイト、91ホールの死闘

2008年の全米オープンは、サンディエゴのトーレ・パインズGCで開催された。ひざの故障で満身創痍のタイガー・ウッズだが、3日目で単独首位に立っていた。しかし最終日、先に1打リードしてホールアウトしていたロッコ・メディエイトを追いかける展開となった。タイガーは、ピン奥約4メートルのバーディチャンスにつけた。これを確実に沈め、翌日に行われる18ホールのプレーオフへと持ち込んだ。

画像: 72ホール目、タイガーはバーディを獲り、生涯最長のガッツポーズを繰り出した

72ホール目、タイガーはバーディを獲り、生涯最長のガッツポーズを繰り出した

翌日、メディエイトと18ホールを戦ったが決着がつかず、サドンデスのプレーオフに突入。1ホール目でタイガーがメディエイトを破り、91ホールの死闘を制した。ここで、タイガーはトリプルグランドスラム(すべてのメジャーを三度勝つ)を達成したのだった。

記憶に新しい、ステンソンとミケルソンのデッドヒート

2016年のロイヤルトルーンGCで開催された全英オープン。最終日、お互いが譲らない一進一退の展開となったが、前半を1打リードして折り返したヘンリック・ステンソン。しかし11番でボギーを叩き、フィル・ミケルソンに並ばれてしまう。

迎えた14番パー3。ティショットを打ち終えた後、ステンソンはトイレに行き気合を入れ直す。約10メートルのバーディパットを残したミケルソンに対し、ステンソンは約6メートル。ミケルソンが外したのを見届け、自身のパットに集中。そして見事バーディを奪い、リードを広げた。

画像: ステンソンはバーディ数でミケルソンを圧倒した

ステンソンはバーディ数でミケルソンを圧倒した

ミケルソンは「65」と完璧なゴルフをしたが、一方のステンソンは、14番からの3連続バーディで2打差をつけて最終ホールへ。18番でもバーディ。最終日は10バーディを奪う圧巻のゴルフで「63」。全英最小ストローク「264」で優勝を飾った。

ゴルフの歴史には、長く記憶にとどまる名勝負がある。これからもメジャーの舞台でライバル同士の名場面、名勝負を期待したい。

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