2017年サントリーレディス。それは、宮里藍を国内で見ることのできる最後の4日間、になるかもしれない試合であった。大きな注目が集まる中、女子プロゴルフの歴史を変えた開拓者はどんなプレーを見せるのか。ギャラリーは彼女をどう見守るのか。「みんなのゴルフダイジェスト」編集長が、日曜の午後の小さな奇跡を、ギャラリー目線でレポートします。

宮里藍を、見に行こう。そう思った人、約1万人

東京から新神戸までは新幹線で3時間半。そこからローマル線に乗り換えてさらに40分。途中、源義経の有名な故事がそのまま駅名に残る鵯越(ひよどりごえ)を越え、神戸電鉄の木津駅に着く。駅の四周はほぼ、田んぼ。そんなのどかな駅に、大量の人が降り立っていく。ここは六甲国際ゴルフ倶楽部の最寄駅。乗客たちはここからクラブバスに乗り込んで、コースへと向かう。多くの人は私と同じ目的だろう。

宮里藍を、見にいく。

6時台の新幹線に乗って、コースに着いたのは10時半を回ったあたり。ちょうど、宮里藍の組が9番ホールへとさしかかる頃だった。クラブハウスのレストラン前に張り出したテラスに出てみると、9番ホールはすでに幾重にもギャラリーによって取り囲まれていた。

その様子はさながら18番ホールで最終組を迎える大観衆。失礼な言い方かもしれないが、優勝争いとはほぼ関係がないと言ってしまってもいい組としては異例も異例と言える大勢のギャラリーが、宮里藍のプレーを見守っていた。

画像: スポンサーであるサントリーのコーポレートカラーをイメージした、水色のウェアでコースに姿を現した藍。スポンサーへの気遣いも、言わずもがな超一流の証だ

スポンサーであるサントリーのコーポレートカラーをイメージした、水色のウェアでコースに姿を現した藍。スポンサーへの気遣いも、言わずもがな超一流の証だ

宮里藍、国内最後(になるかも)のバックナインがはじまった

9番ホール、藍は191ヤードを7番ウッドで打って奥に外し、逆目のライから寄せきれず、ボギー。スコアをイーブンパーに落として、10番ホールへと向かって行った。サンデーバックナイン。2017年のサントリーレディスでプレーする最後の9ホールであり、もしかしたら、現役選手として国内でプレーする最後のバックナインになるかもしれない。そんな日曜日の午後が始まろうとしていた。

「民族大移動やな」

宮里のプレーを見ようと10番ホールへと向かう道すがら、隣を歩いていたギャラリーの一人がポツリと言った。この日集まったギャラリーは9132人。それは、サントリーレディスの大会記録だと後で知った。その約1万人のうちの少なくない人数が、宮里の組とともにコース内を移動している。まるで海外メジャーのような移動の不自由さ。それも当然だ、宮里藍の国内でのプレーは、後たった30いくつかのストロークだけかもしれないのだ。

画像: この大ギャラリーが、藍とともにコース内を一斉に移動する様子は、さながら「民族大移動」

この大ギャラリーが、藍とともにコース内を一斉に移動する様子は、さながら「民族大移動」

その期待に応えるかの如く、バックナインに入った宮里は、小さな体の内側から発光しているかのようなプレーを見せてくれた。きかっけは10番ホール。残り25ヤードから58度ウェッジで打った3打目を直接沈めてチップインバーディ。普段であれば、優勝を決める、それもそこそこ長い距離のパットが入った瞬間でなければ聞けないような歓声が、グリーンを包む。

11番でパーの後、迎えた12番パー5。ティショットを右のラフに外した宮里は、7番ウッドで102ヤードに刻み、PWで打ったショットはグリーン右のバンカーへ。

「短い距離やったのに、もったいないなあ」

ギャラリープラザで売っているサントリーの「プレミアムモルツ」を飲んだのかどうなのか、赤い顔をしたギャラリーがつぶやく。みんな、1打でもスコアを伸ばしてもらいたい、その思いでプレーを見守っている。

実際に、そのバンカーショットの難易度は極めて高いように思える。バンカーからピンはすぐそこ。しかもピンまでは下り傾斜だ。同じバンカーに入れて先に打った同伴競技者のイ・ナリは、非常に上手く打ったものの、数メートルオーバーさせている。

これは、ボギーかな。でも、寄ってほしいな。グリーンを幾重にも取り囲んだギャラリーたちはきっと誰もがそう思いながら、しかし無言で、宮里のプレーを待つ。だから、その12ヤードのバンカーショットが直接カップインした瞬間の熱狂は凄まじいものがあった。まるでこの瞬間に優勝が決まったような、地鳴りのような歓声。「12番でチップインしたとき泣きそうになりました」ホールアウト後の記者会見で、宮里がこう語ったほど、その歓声はすごかった。

私はちょうど、チップインした瞬間の宮里の表情が見られる距離と位置にいた。ボールがカップへと吸い込まれた瞬間、宮里が浮かべたのは、困ったような笑顔だった。

「これだからゴルフはサイコーに面白いんだよなぁ」。その瞬間の宮里の表情からはそんな気持ちが読み取れる……ような気がした。安っぽい言葉になるが、“もってる”とは多分このようなことをこのような場面でやってのけてしまう人に使うべき言葉だと私は思った。間違いない。宮里藍は、もってる。

いずれにせよ、落としどころ、ボールの勢いの殺し方、落ちてからの転がり。このプレーを見られたから今日は満足して家に帰れる、そう思えるほど完璧なバンカーショットだったように思える。

「18番ホール、(ギャラリー数が)やばそうやな」

宮里の輝くようなプレーはその後も続く。14番では段のすぐ上に切られたピンに対し、残り145ヤードから7番アイアンで傾斜に落とす絶妙の距離感を見せ、1メートルにつけてバーディ。

スコアは動いていないが、ドライバーで決して広くないフェアウェイど真ん中を狙い撃ち、そこからピン手前にスッと寄せた15番のプレーも素晴らしかったし、16番、巨大グリーンの左端のピンに対して右端に乗せるピンチから、神業的タッチでファーストパットを寄せ、パーセーブしたプレーも本当に素晴らしいものだった。

画像: 大会史上に残る大ギャラリーを動員したサントリーレディス

大会史上に残る大ギャラリーを動員したサントリーレディス

上がり3ホールに至って、宮里の組を取り巻くギャラリー数はさらにその数を増していった。まるで宮里が磁力を帯びたかのように、そしてその磁力に引き寄せられるように、コースのあちらこちらからギャラリーたちが宮里がプレーしているホールへと、集まってくる。「18番ホール、ヤバそうやな」誰かがそうつぶやく声が聞こえる。

ジュニア世代に多い“藍チルドレン”

大量のギャラリーがいて、20まで数えてやめたほど大量のカメラが宮里のプレーを記録している。そして、そのプレーを見つめているのは、ギャラリーやメディアだけではない。現在プロテスト挑戦中の新垣比菜はその一人。

「私がゴルフを始めたのは10年前なのですが、ゴルフを始める前からテレビで藍さんのプレーを見ていました。プレーだけでなく、人間的にもすごくて、本当に尊敬しているんです」と語ってくれた。藍がホールアウトした約2時間後、キム・ハヌルとの激闘に惜しくも敗れた堀琴音も、この日藍と同じ組でプレーした成田美寿々も、そして新垣も、みんないわば藍チルドレンだ。

画像: 藍を「神」とあがめる同伴の成田美寿々と藍は、ずっと喋りながらラウンドしていた

藍を「神」とあがめる同伴の成田美寿々と藍は、ずっと喋りながらラウンドしていた

ギャラリーの中には、比喩ではないホンモノのチルドレン(子ども)も多数いる。17番をボギーとした藍が18番に向かう途中の道で、4歳くらいだろうか、少女が「藍ちゃんがんばって!」と声をかける。集中し切った表情の宮里が、一瞬だけ表情をゆるめ、「ありがとう!」と答える。その一回だけではない。子どもからの声援には、必ず答える。この姿は、多くのギャラリーが忘れないだろうし、藍と同組でプレーした多くの女子プロが見習うことになると思う。

「宮里藍の偉大さは、プレーだけではない」とよく言われる。国内で自身最後になるかもしれない試合の、最終日の最終ホールのティグラウンドに向かう道の途中で、ひとりの少女から寄せられた小さな応援に、笑顔で答えられる。宮里藍は偉大だ。

「18番は打ち下ろしなので、ティからすごい景色でした。このホール、人でこんなに埋まれるんだ! と思いました。とにかくフェアウェイに打つことだけ考えて、気持ちを切らさず、自分らしく集中できたと思います」

ホールアウト後にそう語ったように、18番ホールは藍のために集まった1万人近いギャラリーに取り囲まれ、凄まじい景色となっていた。藍が来るのを待っていた、数千人のギャラリーの前で、日本で打つ、最後になるかもしれないティショット。それをフェアウェイセンターにきっちり運べるから、やっぱり宮里藍は偉大だ。人間としても、選手としても。

画像: 18番は藍のために集まった1万人近いギャラリーが取り囲んだ

18番は藍のために集まった1万人近いギャラリーが取り囲んだ

18番グリーンでのプレーは、多くの方がテレビやニュースで見たのではないだろうか。2打目を右に外した藍のアプローチは、ライが悪かったことからインパクトが強く入り、反対側のカラーまで転がってしまう。それを沈めて、パー。

そして笑顔。そして「もう抑えなくてもいいんだ」と滲ませた、涙。それは、言うまでもなく多くの人の心に残る、ゴルフの歴史に残るシーンになったと思う。優勝争いの熱狂とは異なる、とても穏やかな、しかし途切れることがなく、むしろ時間とともにどんどん大きくなっていく拍手の中、宮里藍はグリーンを後にした。

画像: 「もう抑えなくていいんだ」とホールアウト後に涙を滲ませた

「もう抑えなくていいんだ」とホールアウト後に涙を滲ませた

これが、私が見た2017年6月11日、六甲国際ゴルフ倶楽部での日曜日の午後の一コマだ。宮里のスコアはトータル2アンダー、26位タイ。優勝争いに絡んでいたとは言えない。しかし、そのプレーはものすごく真摯で、一打一打がゴルフの面白さ、難しさを教えてくれるようで、そしてなにより宮里藍がプロとして積み重ねた時間の重みが感じられるような、素晴らしいプレーだった。

まだトーナメント観戦に出かけたことがないという方、宮里藍が出場していなくとも、生観戦にはテレビやネット中継にはない面白さがあるので、ぜひ一度、出かけてみていただきたい。

そこでは、次の世代の宮里藍が、必死の眼差しでプレーしているかもしれないのだから。

写真/姉﨑正

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