日本大学アメリカンフットボール部の危険タックル問題は、学生スポーツ界に大きな波紋を投げかけている。「なんのため、誰のための学生スポーツなのか」を、東京大学ゴルフ部監督として学生を指導する立場にあるプロコーチ・井上透が、改めて考えた。

学生スポーツの主役は学生

今回の日本大学アメリカンフットボール部の一件は、同じ大学スポーツに携わるものとして大きな衝撃を受けました。そんな中、不幸中の幸いですが関西学院大学のQTバックの学生に致命的な怪我を負わせるものでなかった事が唯一の救いです。また、反則行為を行った日大の学生も自らの非を認め自分の言葉で語ったという点ではとても立派だったと思います。

一方で、最も許すことができないのが、監督、コーチの対応です。会見の内容を聞いてみると、指導者と学生の受け取り方の乖離であるとの主張を繰り返すだけでした。この問題の背景には勝利至上主義と体育会の古い慣例が残っている印象を強く受けました。

学生スポーツの主役は学生であり、それに携わる我々指導者や関係者は、スポーツを通じて学生達を立派な社会人となるべく教育をしていくという責務があります。

しかし私が学生だった30年前、厳しい指導は、ともすると「体罰」や「いじめ」とも取られかねないほどのものでした。そういう時代だったとはいえ、今でも素晴らしい記憶とは言い難い部分があります。今回の問題が起きて感じたことは、今でも学生スポーツ界にこのような事例が数多く起こっている可能性です。これは「氷山の一角」でもっと多くの隠れた事例があるのではないかと感じざるをえません。

「歴史と伝統」が社会との風通しを悪くする場合も

かつての学生ゴルフ界も本当に酷いものでした。今では笑い事になってしまうような事も数多くありました。私もある程度の上下関係は教育上必要であると思いますが、当時は限度を超えた上下関係を強いる部活がほとんどでした。多くの体育会系の部活では「1年は家畜、2年は奴隷、3年は平民、4年は神」と言われ、常識を逸脱した環境が通常でした。

画像: 東大ゴルフ部の練習風景。井上はかつての苦い経験から、不必要な慣例は廃止していったという

東大ゴルフ部の練習風景。井上はかつての苦い経験から、不必要な慣例は廃止していったという

ゴルフというスポーツの特性上、ゴルフ場には早朝を利用させていただく場合が多く、部でのラウンド練習に備えるため夜中の12時出発で先輩の家に迎えに行き、日の出と共にスタートし1.5ラウンドをこなして先輩の家に送って帰るような事もありました。今から考えると事故を起こさなかった事が不思議なぐらいです。

そうした経験も踏まえて私が監督を務める東京大学ゴルフ部では日帰りラウンドであれば最終組近くを予約する、朝早いラウンドの際には前泊するように指導しています。また、それと同時にゴルフ部の不必要な慣例はことごとく廃止していきました。

学生スポーツ界では「歴史と伝統」が逆に社会との風通しを悪くし、独特の狭い世界を作ってしまいます。もっとも、今では、体育会と言ってもかつてあった厳しい上下関係は非常に軟化したように感じています。

しかしながら、今回の日本大学アメリカンフットボール部の事例にもあったような勝利至上主義や絶対的な支配関係が今でも残っていることに驚きました。今回の事件は、普段、大学スポーツに関心のない一般の方々にも広く知れ渡る事例となりました。学生スポーツのあるべき姿に対して、広く人々の意見も聞けると思います。

これを機に、社会からの声にも耳を傾け、大学スポーツの在り方を考え、「何のため、そして誰のための学生スポーツか」ということを関係者が皆もう一度見つめ直し、改めるべきは改める、これを今しっかりとやり遂げることが求められていると強く思っています。

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