ティグラウンドで打つ前に1、2回素振りをする光景をよく見る、または自分がそうしているのではないか。でも、その素振りって本当に必要なことだろうか? ゴルフマナー研究家・鈴木康之の著書「ゴルファーのスピリット」からティグラウンドの作法について学ぼう。

ティインググラウンドは練習場じゃない

空振りのことを英語で「エア・ショット」と言います。空振りなのにスウィングではなくショットと見なすところが、英語圏の人の洒落でしょうか。素振りは「プラクティス・スウィング」これはショットする気はない振りだから、スウィングなのでしょう。

俗に言うマン振りの素振りをする人がよくいます。概して飛ばし屋に多く見られます。一度のビュンッではすまないらしく、ビュンッ、ビュンッと念を押します。時代劇映画の人斬りの効果音のような怖い音がします。こういう真に迫る顔は素振りとは言わないで、空打ちと言いたくなります。

空打ちは将棋の用語です。将棋の作法に「持ち駒の空打ちはルール違反ではないがよいマナーではない」と書いてあります。囲碁も同じ。駒や碁石で盤の腹をパチッパチッと鳴らすあれです。王道からするとたいそうお行儀の悪い行為で、相手の思考を邪魔します。相手に嫌われるだけでなく、観る人たちにも嫌われます。

ゴルフの空打ち、すなわちマン振りの素振りは囲碁・将棋の空打ちの何倍も質の悪いマナー違反です。とくにティの上でよろしくないのは、他の人への危険と、グラウンドの面の損傷、余計な時間ロスなどのためです。

画像: プロでマン振りの素振りをする人はいない

プロでマン振りの素振りをする人はいない

友人の伊勢原CCのメンバーは中村寅吉プロに昔一度叱られ、以来空打ちはもちろん素振りすらしない習慣が身に付きました。寅さんは伊勢原の一番ティの後方に立って、スタートしていくゴルファーたちに声を掛けることがよくあったそうです。昔のコース所属プロにはそうすることも仕事のうちでした。寅さんの場合は持ち前の気さくさと辛辣さがあって、ゴルファーたちは自分への一言を、恐々と期待していたものだそうです。

天下の寅さんに見られているというだけでアガるには十分。アガっている自分に気づいて、落ち着け、このまま打つな、ここは開き直れ、となまじ賢く考えたのが間違いのもとでした。友人はプレッシャーを蹴散らかすためにビュンッと目一杯の空打ち。と、上から寅さんのくぐもった声。

「そこはティグラウンドだよ。そういう素振りは練習場でして来なよ」

友人は頭を掻いてペコペコと謝ることになりました。

「順番が来たらよう、さっと打っちまうんだよ」

友人はあわててアドレスに入り直しました。

「よおよお、一呼吸入れなよ。そのまま打つとダフるよ」

すべてお見通し。後ろの組が人の気も知らないで笑う中、一呼吸入れて打つと、それはナイスショットでした。

「余計なことすっから時間がかかっちまうんだ」

以来、友人は空打ちも素振りもやめました。やめて、人のそれを見る側になってわかったことがあります。素振りって、本番のスウィングはこんなに違うって、己の姿をさらけ出すことなんだよな。

友人は寅吉プロを神様のように崇め奉っています。

「ゴルファーのスピリット」(ゴルフダイジェスト新書)より

撮影/田中宏幸

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