カップ周辺を傷つけないために、ボールは離れて拾うのがマナーだが、ボールを打つのと違い、拾うのは代理でいいと話すのはゴルフマナー研究家・鈴木康之。著書「ゴルファーのスピリット」からあるコンペでのエピソードを紹介。

大先輩のボールを拾ってあげよう

吉永小百合さんの液晶テレビ、KONISHIKIさんのウイスキー、浜崎あゆみさんの缶コーヒー、長嶋茂雄さんの中国便、これら有名な広告は、ソエちゃんこと、アートディレクター副田高行さんの仕事です。愉快であるだけでなく、広告効果の読みの深いデザインをしますから、ヒット広告連発、多くの企業から引っ張りだこの人です。

ゴルフも大好きですし、長い付きあいになります。拙稿『ピーターたちのゴルフマナー』のブックデザインは当然ソエちゃんと決めていました。ソエちゃんのほうも当然自分だと思っていました。原稿全文を読んで、私自身が一番の研究成果だと思い、この本の中の最もシンボリックな話としている「靴一つ」の存在に気づき、これの図解を表紙の絵にしました。図星を指され、ソエちゃんの明晰さにあらためて感心したものでした。

「靴一つ」はカップ周辺のグリーン面を傷めないよう、カップから離れてボールを拾う時の、人それぞれの体に応じた離れ方。長年模索した末に見つけた離れ方の目安です。本が出た後、各地のセミナーに呼ばれたりした時の私の話の十八番になり、一種「靴一つ」キャンペーンのような展開になりました。

すると、反論がでました。「そんなに離れてボールを拾わなくちゃいけないというなら、年寄や足腰の弱っている人はゴルフをするなということか」と。

その答えをソエちゃんは見せてくれました。

あれは二〇〇一年の晩秋、武蔵・笹井コースでのコンペでした。ここのメンバーはIさんです。私たちは「先生」と呼び慣れていました。

画像: プレイヤーが拾えない場合は同伴者やキャディに拾ってもらいましょう

プレイヤーが拾えない場合は同伴者やキャディに拾ってもらいましょう

先生が始めたコンペの第四百六回の例会でした。お達者の先生もさすがに八十の後半に入って歩調がやや遅くなりましたが、パッティングを先にすませて次のティに向かうなど、手際がよく、流れは滞ることはありませんでした。

武蔵のグリーンはクオリティが抜群。短くても油断がなりません。ワングリップOKはなしです。先生がそうおっしゃるのですから、みんな黙ってハイです。

先生が「お先に」で続けてパッティング。背後のソエちゃんがすっと進み出て大先輩のボールを拾います。もちろん靴一つ離れ、腕を伸ばして拾い、先生に渡します。先生の頭がうなずきます。「ありがと」愉快な先生だから「毎度」などと言って笑っている様子が見えました。

ボールを打つのと違い、拾うのは代理でいいのです。プレーヤー自身が無理なら、キャディに拾ってもらえればいい。そのためのキャディでもあります。拾う役が一緒に回っている仲間であれば最高です。ゴルフは互譲が美徳のゲームです。その光景を私は後ろの組から一日ずっと見せてもらっていました。無性にソエちゃんに羨ましさを覚えたものでした。

それが先生のファイナル・ラウンドでした。二週間後の朝、あまりにも突然に黄泉の国へ旅立たれてしまいました。きっと、ソエちゃんに拾ってもらったボールを持って。

「ゴルファーのスピリット」(ゴルフダイジェスト新書)より

撮影/小林司

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