昨シーズン国内ツアーの賞金王・宮里優作が来季欧州ツアーのシード権を手中に収めた。今年は念願のマスターズにも出場。例年通り国内で試合に出て結果を出せば世界ランクトップ50の資格でメジャーやWGCへの出場の道が拓ける。だが彼は大学の先輩・谷原秀人がそうであるように欧州ツアーという茨の道を選択した。それはなぜなのか?

「あと少しで手が届く」その感覚が選手たちを駆り立てる

もともと宮里は海外志向が強かった。沖縄で育った幼少期から海の向こうへの憧れがあった。世界ジュニアでセルヒオ・ガルシアを破り優勝し史上最強のアマチュアと呼ばれていたころはPGAツアーがすぐにでも手の届くところにあるように見えた。

しかし現実は甘くなかった。海外への挑戦どころか国内ツアーで優勝するまでに11年の歳月を費やした。

想定外。

それでも宮里は自らの境遇を受け入れ賞金王に上り詰めた。そしてこれから円熟期を迎えようとしている。

画像: 欧州ツアーで戦うことを決めた宮里優作(写真は2018年の日本オープン 撮影/姉崎正)

欧州ツアーで戦うことを決めた宮里優作(写真は2018年の日本オープン 撮影/姉崎正)

国内にとどまり勝ち星を重ねスポットで海外の試合に参戦するのが常識的な選択だろう。だがプロゴルファーという生きものはどうやらどこかに“収まる”のが苦手のようだ。

たとえば16年の賞金王・池田勇太もここ数年はシーズン前半をほぼ海外で過ごし、その合間を縫って国内ツアーに参戦しているが、一度海外での刺激を体験すると「そこに行かずにはいられなくなる」という。

海外で通用するためにはどうすればいいのか? 自分には何が必要なのか? を探る一方で、海外のトッププロが自分たちとそうかけ離れたゴルフをしているわけではない、という実感を得る。

「もっと上手くなりたい」という向上心と「あと少しで手が届く」という感覚が選手たちをあくなき挑戦に駆り立てるのだ。

おそらく宮里もそうだろう。念願の海外ツアーでライバルたちの実力の高さ、コースの難しさを痛感しながら、そこで戦う自分に血湧き肉躍っているに違いない。

とはいえ思うような結果が出たわけではない。2月から10月にかけて19試合を欧州で戦ったが、マスターズ以降は腰痛で思うようなプレーができずランキング103位にとどまった。それでも来季のシード権(上位110位まで)を確保したのは大きな収穫。

欧州を足がかりにメジャーチャンピオンになったブルックス・ケプカの例もある。本人の努力と運次第ではPGAツアーへの道も拓ける。

実は宮里の生まれた1980年はいまでいうところの黄金世代。新旧世界ナンバー1のジャスティン・ローズ、アダム・スコットのほか、世界ジュニアで優勝を争ったガルシアや2012年のPGAツアー年間王者ブラント・スネデカーも80年生まれ。38歳になった彼らは皆バリバリの実力者だ。

宮里にも自らが選んだ道を胸を張って歩んでもらいたい。よりレベルの高い舞台で成長を実感しながら、もうひと花もふた花も咲かせて欲しい。

キャロウェイ

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