ゴルフマナー研究家・鈴木康之クラブは14本ではなく、ハーフセットで十分という。その理由とは……? 自身の著書「脱俗のゴルフ」より、紹介しよう。

アイアン三本で勝つ方法

襟ぐりのたるんだTシャツと短パンにゴムゾウリ。お爺ちゃんから借りた錆びたアイアン三本を使いこなす無名の十六歳少女が、パールシティ女子ジュニアに現れて優勝しました。勢いづいて出場したホノルル・レディス・オープンでもピッカピカのフルセットを持つ選手たちに競り勝ってチャンピオンになりました。

......とは、どのページにも爽快な風が吹いているような青春小説で人気が高く、そして古くからの知人である喜多嶋隆さんが書き下ろしたゴルフ・シンデレラ物語『あの虹に、ティー・ショット』(光文社文庫)です。車内広告のコピーに「たった三本のクラブで大会に挑むジャジャ馬娘!」とありましたので本屋に直行しました。

主人公の少女は五番アイアンで二一〇ヤード、七番で一七〇、SWで七〇ヤード飛ばします。それ以下ならいかようにでも打ち刻みます。ヤシとヤシのわずかな隙間を抜くショットもお手のものです。

少女はハワイ中の話題になり、スポーツ紙に大きく扱われます。「世の中のアマチュア・ ゴルファーで、八番アイアンと九番アイアンを正確に打ち分けられるゴルファーが何パーセントいるだろう」と記者は書いています。「一般ゴルファーなんて、そんなものなのだ。しかし私たちは、こりもせず、十四本のクラブをつめ込んだ重いバッグをかついで、せっせとコースに向かう」読んでいて、私は自分の書いたものを読んでいるかのような錯覚に陥りそうになりました。

画像: 一本おきのハーフセットで十分とゴルフマナー研究家はいう

一本おきのハーフセットで十分とゴルフマナー研究家はいう

私が本数制限競技を初めて経験し、ゴルフの奥義を垣間見たのは、だいぶ昔、某コースの開場記念杯でした。パターのほかはハンディキャップによる本数制限ゲーム。私は、スプーンとアイアン6番、9番の三本でした。同組にクラチャンの常連のKさんがいて、忘れもしません、この人は4鉄と9鉄の二本でした。ティショットは4鉄でドローをかけて二百ヤード近く飛ばしていました。

十二番ホール、右ドッグレッグ、くの字の安全ルートは三一七ヤード、ショートカットなら二五〇ほどです。ティショットでKさんが9鉄を持ち、チョロしたかのようなショット。同伴競技者はだれもが声を失いました。ところがKさん、二打目地点で4鉄のフルスウィング。池越えのグリーンへピタリと止めて、「ホー!」の声を誘いました。

昼に聞きました。ティで4鉄で打つと残りの池越えが9鉄のクォーターショットになり、リスクが大きい。9鉄のフルショットを残すには、セカンドショットが左足下がり の斜面になって、これも危険な技になる、という解説でした。

その後は、4鉄で距離と高低の自在な打ち分け、9鉄でスピンのかかるバンカーショットなども見せてもらいました。

その日以来、ゴルフは道具の使いこなしなり、という心得になりました。私はそういう考えが棲みつきやすい世代です。手と頭を使えと教育されてきました。風呂敷でスイカでも一升瓶でも書籍でもどんなものでも包める。ナイフも定規もなくても紙を真っ直ぐに切れる。鉛筆二本あればオイチョカブができる。道具とはそういうものだ、と。

重たくて高額なフルセットはいりません。一本おきのハーフセットで十分。ゴルフは道具はもちろん、自分自身の気持ちの使いこなしでもある、と悟りの境地です。ただ時すでに遅し。体が思うように使いこなせませんが......。

さて『あの虹に、ティー・ショット』を読み終えるなり、この小説のいちばんの良き読者は私であると思い、喜多嶋さんに電話をかけ、彼のクルーザーの係留地である葉山でビールを飲みながら、ゴルフ談義のひとときを過ごしました。

初めてのゴルフ小説だということでした。発想の原点は彼の大学時代にありました。

一般教養の教科、体育でゴルフを選択。屋上の鳥カゴ教室の先生が「ゴルフは曲がる一五〇ヤードより、真っ直ぐな百ヤードが勝つ」と言ったのだそうです。

「アイアン三本少女の優勝は、だから、奇跡なんかじゃあないんだ」と小説家は言いました。「おおいにありうることなんだ」「アマチュアは十四本なんていう決まりにとらわれずに気楽に遊べばいいのにね」「決まりなんてないのにね」と領き合いながらビールを飲み干したのであります。

ところで少女が、なぜターゲットに向かって寸分違わず真っ直ぐ、しかも点に向かってジャストに打てるようになったか。これがシンデレラ物語の最大の勘所。ここで明かすわけにはいきません。お楽しみはご自分でどうぞ。

「脱俗のゴルフ 続・ゴルファーのスピリット」(ゴルフダイジェスト新書)より。

撮影/三木崇徳

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