2020年のゴルフ用品産業を取り巻く環境は、コロナ禍でどんな影響を受けたのだろうか。ゴルフ産業の市場調査・研究を生業とする矢野経済研究所の三石茂樹が分析。

2020年という「特殊な年」の市場動向はきっと有益になるはず

「コロナに始まり、コロナに終わった」感のある2020年だけれども、国内ゴルフ用品市場にとって2020年はどんな年だったのだろう。時系列で振り返ると、

・3月-4月:この先一体どうなるの?(不安が支配)
・5月-6月:ん?思ったよりも落ち込み少なくない?(一筋の光明が)
・7月-8月:何か良くなってきた。新規ゴルファーも増えている?(ある種の戸惑い)

こんな感じで業界関係者の市況感も変わっていったように思う。この「2020年」という特殊な年の市場動向を定量的に分析して履歴として残しておくことは、きっと将来のゴルフ用品産業にとって有益な資産になるのでないかとも思うので、今回当社(矢野経済研究所)が集計している「YSPゴルフデータ(国内約1,100店舗のゴルフ用品小売業の実売実績を集計、分析したもの)」を利用して2020年の国内ゴルフ用品市場を振り返ってみたい。

年間トータルのゴルフ用品販売金額は対前年比95%

「YSPゴルフデータ」の集計対象カテゴリーは以下の7カテゴリーで構成されている。

・ゴルフクラブ(ウッド、アイアン、パター)
・ゴルフボール
・ソフトグッズ(シューズ、キャディバッグ、グローブ)

※その他「ゴルフ用ティー」「ゴルフクラブ用グリップ」「ゴルフ用デジタルガジェット(飛距離測定器など)」もYSPゴルフデータの集計対象カテゴリーだが、今回の集計からは除外する

上記7カテゴリーの2020年年間(1-12月)累計販売金額(店頭小売実売価格)の合計は前年比95.0%となった。第一回目の緊急事態宣言発令直後には一部業界関係者から「2020年は前年比半減も覚悟しなければならない」というコメントが数多く挙がっていたことを思うと、対前年比95.0%という結果は「マイナスだけれども、よくぞここまで回復した」と言って良い数字なのではないかと思う。

画像: 2020年のゴルフクラブ、ソフトグッズの販売額の合計は前年比95%だった

2020年のゴルフクラブ、ソフトグッズの販売額の合計は前年比95%だった

2020年市場をもう少し細かく刻んで振り返ってみたい。下のグラフ(A)は「YPSゴルフデータ」の週報データ(週次ベースの集計データ)におけるウッドクラブ(ドライバー、フェアウェイウッド、ハイブリッド)の2020年第5週(2月3日)から52週(2021年1月3日)までの週別販売数量推移を前年(2019年)及び前々年(2018年)実績と比較したものである。

画像: (A)「YPSゴルフデータ」の週報データ(週次ベースの集計データ)におけるウッドクラブ(ドライバー、フェアウェイウッド、ハイブリッド)の2020年第5週(2月3日)から52週(2021年1月3日)までの週別販売数量推移を前年(2019年)及び前々年(2018年)実績と比較したもの

(A)「YPSゴルフデータ」の週報データ(週次ベースの集計データ)におけるウッドクラブ(ドライバー、フェアウェイウッド、ハイブリッド)の2020年第5週(2月3日)から52週(2021年1月3日)までの週別販売数量推移を前年(2019年)及び前々年(2018年)実績と比較したもの

緑色の線が2020年の実績であるが、第5週は前年、前々年を大きく上回る販売実績を記録したものの(これは、テーラーメイド『SIMシリーズ』及びキャロウェイ『マーベリックシリーズ』発売週だったことが要因)、以降は前年(赤色)、前々年(青色)をいずれも大きく下回る週が続いている。対前年比で最も水準が低かったのは第17週(4/27~5/3)で、対前年比48.0%にまで落ち込んだ。

反転攻勢に転じたのは22週目以降

こうした厳しい市場環境に変化が生じ始めたのは第22週目(6/1~6/7)からである。週によってバラツキはあるものの各商品カテゴリーとも売上は急激に回復、前年実績を上回るようになった。それ以降、ピン「G425シリーズ」など人気新製品の発売などもあり市場は総じて好調に推移、「後半戦の盛り返し」で上述した対前年比95%という数字を成し遂げたのである。

このように「当初想定したよりも良い結果」で着地できた要因はどこにあるのだろうか。この点については様々なゴルフメディアが分析しており語り尽くされた感もあるが、ここではゴルファー目線に立脚して掘り下げてみたい。

・緊急事態宣言下でも自粛するゴルファーが思いの外少なかった(この点については、ゴルファーは所謂『唯我独尊』的な人が多く、世間の目をあまり気にしたいため構わずゴルフを続けた人が多かったのではないか?という憶測が業界内で流れたが、その真偽は定かではない。個人的には『腹落ち』する憶測だとは思うが)

・新型コロナに対する「未知の怖さ」により一時的に自粛していたゴルファーも、その多くが比較的早い時期(具体的には緊急事態宣言解除のタイミング)にゴルフを再開した

・海外を含めた旅行や越境移動が制限されたことによりレジャー支出が抑制され、結果的にそのお金の一部がゴルフに流入した(『給付金』効果もあったのではないかと推察される)

・他のスポーツ、レジャー施設が営業自粛したことにより、過去にゴルフをしていたけれど暫く休止していた「休眠層」の復帰や新規ゴルファーの参入が促進された

緊急事態宣言発令直後にはゴルフ練習場を空撮した映像がニュースで流れるなど「攻撃対象」となった時期もあったが、徐々に「三密」に当たらない屋外型のアクティビティとしての認知が向上したことも一因と考えられるが、図らずもゴルフ産業の「耐性」の強さが証明されたと言えるのではないだろうか。

「川上」の構造変化が市場に与える影響は?

このように「健闘」と言って良い結果に終わった2020年の国内ゴルフ用品市場であるが(個人的には『喉元過ぎて熱さを忘れる』的なムードが漂っている点が気掛かりではあるが)、新型コロナウイルス感染拡大によって数字に見えない様々な変化が生じた。それは小売市場における「在庫量」の変化である。

上述の通り第一回目の緊急事態宣言発令後、市場はこれまでにない需要減退に見舞われた(ちなみに、東日本大震災発生直後やリーマンショックの時よりも遥かに売上縮小額は大きかった)。そうした市場環境を受け、小売店の多くが自己防衛手段の一つとして自社在庫の一部をメーカーに返品したのである。

つまり在庫量を圧縮して売上の急激な減少に備えた訳である。当然ながら店舗在庫が減ることは機会損失に繋がるリスクもあり、ゴルファー目線に立脚すれば「この店はなんだかスカスカで面白くない店だな」ということになってしまう訳であるが、7月から8月にかけて小売店に対して実施した取材では「止む無く思い切り在庫を減らしたけれど、思ったよりも売上は落ちなかった」「今まではお客様から商品の問い合わせを受けた時に“在庫がありません”というのは申し訳ない、という思いから品ぞろえ豊富な店を目指してきたが、それは店側の思い込み、マスターベーションであることが分かった」といった声が数多く挙がった。つまりコロナによって「現在の市場環境における店の適正在庫量」が明らかとなった、ということになる。

上述したように足下の市場環境は回復しているといって差し支えのない状況にあるが、小売店サイドは「適正在庫維持」の姿勢を崩していない。こうした姿勢は市場における優勝劣敗をより一層鮮明にする可能性が高い。つまり「売れるもの」と「売れないもの」の差がより鮮明になるというか、「店頭に並べることすらできない」商品が増える、ということを意味していると言うことになる。

どちらかというと、これまでゴルフ用品市場のビジネス(メーカー対小売店)は、自社製品を「如何にして仕入れてもらうか」に主眼が置かれていたと言って良いが、これからは「店に並べた後の販売促進策」を今まで以上に具体的に提案できなければビジネスの「スタートライン」にすら立てない可能性が出てくる、ということになる。

一方の小売店も、「世間で売れているもの」を中心に在庫を集中することで他店との差別化が困難になる可能性もある。平たく言えば「どの店に行っても置いてあるものが同じ」という没個性に陥る可能性がある、ということである。「売れるものを仕入れる」のも大切だが、「売れる商品をメーカーと一緒に“育てる”」という思考も多様性という観点では重要なのではないかと思う。

幸いなことに、日本のゴルフ用品市場は米国に比べて参入ブランドも商品点数も多く、「多様性」という点では勝っていると言って良い。つまり商品を「育てる」土壌は十分に備わっているということである。今後のメーカー、小売双方の戦略展開に注目したい。

更には新型コロナウイルス感染拡大により欧米のゴルフ用品市場も「バブル」と言って差し支えのない活況を呈しており、それにより主要生産国である中国の工場が慢性的な供給不足に陥っているという話も入ってきている。コロナ感染拡大により工場を閉鎖し工員を解雇したことも未だに影響しているようである。こうした「川上」の環境変化が末端市場にどのような影響を及ぼすのかについても注視してゆきたい。

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