どんな優勝にもドラマがある。しかし今回のラームのストーリーはUSGA(全米ゴルフ協会)が「伝説的勝利」とうたうほど劇的だった。
一時トップに立ったディフェンディングチャンピオンのブライソン・デシャンボーがバック9で大崩れ。ローリー・マキロイ、ブルックス・ケプカらが次々と馬群に沈むなか、再三のチャンスを決めきれなかったラームが17番で難しいスライスラインを読みきってバーディを奪うと、最終18番パー5もセカンドをバンカーに入れながら17番と同じようなスライスラインを読みきってバーディ。その瞬間彼は全身全霊を込めたガッツポーズを繰り出した。
「ここは生まれ育った(スペイン、バスク地方)故郷の空気感と似ているんです。すごく心地好い場所。色々な思いがありすぎる」というのは、ここトリーパインズがツアー初優勝(2017年のファーマーズインシュランスオープン)を飾った思い出の地であるとともに妻ケルリー・ケイヒルさんにプロポーズした場所でもあるから。
追いすがるルーイ・ウーストハウゼンを1打差で振り切ってスペイン勢初の全米オープンチャンピオンになったラームは感無量の表情を浮かべトロフィーを授与されるとまるで愛息を抱くように愛おしそうに撫で回した。
4月のマスターズ直前に誕生した待望の第一子ケパちゃんをその胸に抱いたとき「僕にとって人生最高の日」と語った彼は2カ月半後の父の日に新米パパとして、スペインから駆けつけた父(両親)と共にグリーンサイドに集い「ラーム家親子3代が勢揃いした。そのうちひとりはまだ何が起きているかわかっていないけどね」と白い歯を見せた。
思えば2週間コロナ陽性で手が届きかけた連覇の夢を手放し地獄に突き落とされた。しかしラームはいう。「自分はカルマ(宿命あるいは因果応報)を信じている。2週間前に悲劇があったときも前向きな気持ちは忘れなかった。こういうことがあればきっと次に良いことが待っていると信じていた。何かはわからないけれど特別なことが起きると思っていた」
自分が置かれた立場を悲観せず未来を見据えたラームに勝利の女神が微笑んだ。2014年に軽井沢で行われたアイゼンハワートロフィー世界アマチュアゴルフチーム選手権(アマチュアの国別対抗戦)にスペイン代表として出場したころから「将来世界ナンバー1になる」とチームのコーチが太鼓判を押した逸材だった。
26歳でメジャー初優勝を手にしたラームはとうとう世界ランクナンバー1の座に就いた。憧れの人セベも天国で後輩の情熱的なガッツポーズに目を細めたに違いない。