東京オリンピック男子ゴルフは祖父母が日本に住むザンダー・シャウフェレが金メダルに輝いた。そして銀色のメダルを誇らしげに首にかけたのは45歳の伏兵ローリー・サバティーニだった。そんなサバティーニの“異色のゴルフ人生”とは?

誰がサバティーニのメダルを予想しただろうか。首位に7打差の17位タイから最終日をスタートすると猛暑の霞ヶ関CCで10アンダー61の猛攻。一時勝ったシャウフェレと首位を分け合い1打差の銀メダル奪取。

「銀メダルという響き、すごくいいね。まさか自分の首にこのメダルがかけられるとは。でもゴルフというゲームは何が起こるか予測不能。今日は自分がたまたま金の卵を見つけて昨日までは想像ができなかったことが起きた」としげしげとメダルを見つめたサバティーニ。

彼の五輪メダル獲得へ“数奇な旅”はおよそ3年前、2018年にはじまった。南アフリカで生まれ4歳でクラブを握るとアマチュア時代から名を馳せ米アリゾナ大学にゴルフ留学。1998年にプロ転向するとルーキーイヤーから頭角を現し2000年に初優勝。以降2011年のホンダクラシックまで通算6勝を挙げ現在もシード権を持つ息の長いプレーヤーだ。

米国の市民権を持ち住んでいるのは南フロリダ。さらに英国のパスポートを保持。しかしスロバキア出身のマルティナ・ストファニコバさんと結婚したことで2019年1月にスロバキア国籍を取得した。

彼女のいとこが当時スロバキアゴルフ協会の副会長(現会長)だったこともありゴルフ後進国であるスロバキアの子供たちが自分の姿を見て少しでもゴルフに親しんでもらえたら、という思い。そして妻の息子(義理の息子)のためを思いサバティーニはスロバキアの国旗を背負ってプレーを続けるとを決めた。

南アからオリンピックに出場するにはウーストハウゼンを筆頭にライバルが多いため五輪の切符を掴むことが目的で国籍を変えた、という報道が多くなされたが「決してオリンピックのために計画したことではない」とサバティーニは強調する。

スロバキアのゴルフ人口は9千人。国内には26コースしかない。そんな国にゴルフの一大ムーブメントを起こし「子供たちにこのゲームの楽しさを教えたい」サバティーニの思いは純粋だ。

外見は強面。ツアーでは変わり者といわれることもあるがチャリテイ活動に熱心で傷痍軍人の家族をサポートするために多額の寄付をしたり、コミュニティに恩返しするための基金を立ち上げるなど温かい心の持ち主でもある。

画像: 東京オリンピックで銀メダルに輝いだローリー・サバティーニ(右)。妻のマルティナさん(左)もキャディとしてプレーを支えた

東京オリンピックで銀メダルに輝いだローリー・サバティーニ(右)。妻のマルティナさん(左)もキャディとしてプレーを支えた

妻マルティナさんがバッグを担ぎ二人三脚で掴み取ったオリンピックの銀メダル。「ミスが出るとこれで(快進撃も)終わりかなと思ったけれど、その都度立て直すことができた。こんなに楽しいラウンドがオリンピックの最終日にできるとはね。本当に最高だよ」

夫婦が抱き合って喜びを分かち合う姿は美しかった。

撮影/服部謙二郎

画像: オリンピックでも注目!笹生優花のスウィングをマネしてスライスを直そう! youtu.be

オリンピックでも注目!笹生優花のスウィングをマネしてスライスを直そう!

youtu.be

This article is a sponsored article by
''.