東京オリンピックの女子ゴルフ競技では稲見萌寧が見事銀メダルを獲得した。この「オリンピックの銀メダル」は女子ゴルフ界にどんな影響を与えるのか? 女子選手たちを指導する実績あるコーチたちに聞いた!

「ゴルフ界初のメダル」の影響は?

「稲見の銀メダル」はゴルフ界にどんなインパクトを及ぼすのか? 堀琴音を復活優勝に導くなど多くの選手を指導する森守洋は、「ゴルフをやったことのない子供たちに圧倒的な価値があったのでは」と話す。

「オリンピックが東京で開催したこと、そこで優勝まであと一歩に迫り、銀メダルを獲得したということはゴルフ界にとって大きな追い風になっていると思います」(森)

画像: 東京オリンピックゴルフ競技女子で史上初の銀メダルを獲得した稲見萌寧

東京オリンピックゴルフ競技女子で史上初の銀メダルを獲得した稲見萌寧

オリンピックはゴルフに興味を持っていない人でも観る。そのなかには、まだゴルフをやったことがない未来のメジャーチャンピオンも含まれていたかもしれない。だからこそ、「オリンピックの一競技のメダル獲得に終わらせてはならない」というのがジュニア育成の第一人者でもある井上透だ。

「ただ、ゴルフ界にとっては史上初のメダルということで非常に価値のある、意味のあることだったと思います。全米女子オープンで2位の畑岡奈紗を筆頭に、オリンピック前の海外メジャー『エビアン選手権』で4位になった古江彩佳選手もいる。そう考えると女子は非常に高いレベルにあって、あとは海外ツアーの経験になってくると思います」(井上)

女子ツアーでは渋野日向子の全英女子オープン制覇、笹生優花と畑岡奈紗の全米女子オープンでのプレーオフ対決など、日本勢の躍進が著しい。稲見の銀メダルという「追い風」。それをゴルフ界のさらなる発展につなげるために必要なのは、渋野、畑岡、笹生、稲見らに続く選手がさらに次々と出てくることだろう。井上は続ける。

「そこにはふたつの壁があります。ひとつはゴルフコース。メジャー大会のコースへの対応です。もう一つは、言葉や生活の壁。それらを乗り越え、克服し、海外ツアーでの生活にストレスを溜めずに戦えること。そうして多くの選手が海外に挑戦し、選手層の厚さが増してくることが重要だと思います」(井上)

インターネットが加速させた選手の進化とコーチの進化

では、少し角度を変えて、なぜここに来て急激に世界で戦える女子選手が増えてきたのかを考えてみたい。上田桃子や小祝さくら、吉田優利らを指導する辻村明志は言う。

「日本の選手も大舞台で力を発揮できるようなったと感じました。(金メダルを獲得した)野球にしても、日本人って、特に若い世代の人たちは技術も度胸もあるなと。今は時代が変わって、世界中の情報がたくさんある。たとえば世界のトップのスウィングであったり、スウィングを計測したデータなど、インターネットやSNSを通じてすべての情報が得られる時代になっているから、目指すべき技術が目の前にあるんですよね。ちょっと前まではたまに中継される世界のメジャー大会をテレビで見るくらいしか目の前で見られるものはありませんでしたからね」(辻村明志)

ちょっと検索すれば世界のトップ選手のスウィングを様々な角度から動画で見ることができ、その選手を指導するコーチのレッスンにも簡単に触れることができる。トップ選手のスウィングは数値化され、その数値を見ることでどんなインパクトをすればどんな結果になるのかも可視化されてきた。

さらに、コーチという存在そのものも進化を続けている。渋野日向子の全英女子オープン制覇をサポートし、梶谷翼のオーガスタ女子アマ制覇に導いた青木翔は言う。

「先輩のコーチたちが様々な情報を発信してくれ、勉強会を開催してくれたりしたことで、コーチの知識量が増えてきていると思います。みんなが勉強し続けているなかで、いろんなコーチが出てきました。宮里藍さんの影響で(98年度生まれの)『黄金世代』が生まれ、指導者の進化と選手の頑張りがマッチして、今のレベルになっているんだと思います」(青木)

松山英樹のマスターズ制覇を支えた目澤秀憲、稲見をキャディとしてもサポートした奥嶋誠昭……彼らに共通するのは、いずれも最新の機器や海外の最新理論に明るい点。自分の理論を選手に授けるのではなく、選手の個性を把握し、ロジカルに導いていく現代的なコーチングを行うのが特徴だ。

そのような時代を背景に、1日10時間練習する毎日を10年間続けたという日本人らしい勤勉さを持つ稲見萌寧という選手がオリンピックでメダルを獲得したのは象徴的にも感じる。

日本人選手の課題は飛距離? それとも?

続いては、日本の女子選手たちが今後海外で活躍するために必要な「技術」について考えてみたい。稲見・奥嶋の二人はオリンピックを戦って飛距離アップの必要性を感じたとコメントしていたが、コーチたちは技術的課題は「ショートゲーム」だと口を揃える。

「金メダルを獲ったネリー・コルダの飛距離と正確性を見ると飛距離の魅力に目が行きますが、日本選手が海外で活躍するためにはやっぱりショートゲームが重要になると思います」(森)

画像: 大会期間中のスタッツを見ると、高い精度のショットに加えて1ラウンド当たりの平均パット数で11位、アプローチがピンにどれだけ寄ったかというスタッツでは3位にランクインした

大会期間中のスタッツを見ると、高い精度のショットに加えて1ラウンド当たりの平均パット数で11位、アプローチがピンにどれだけ寄ったかというスタッツでは3位にランクインした

「海外メジャーに行って感じることは、日本人でもショットはそこそこ通用する選手はいると思うがやっぱりアプローチとパターだと思います。100ヤード以内の差をどれだけ埋められるか。海外選手はラウンド中そこに集中力を持っていきますし、練習もそこがメインです」(辻村)

芝質の異なる海外のタフなセッティングを攻略するのはやはりショートゲームがカギになる。もちろん飛距離が求められるコースもあるが、「コースによって向き不向きはありますので、ある程度割り切って得意コース10コースくらいで成績を出せればシードも取れるはず」と森。コースの個性が日本以上に際立つ海外ツアーでは、得意試合に狙いを絞って結果を出すという戦略も十分に考えられる。

「海外のメジャーだけスポットで行こうとするとコースによってハマるハマらないがあると思いますが、稲見選手が1年間通してプレーしたら賞金ランクトップ10には入れるんじゃないでしょうか。そこに言葉の壁や生活の壁も出てくるとは思いますが」(森)

10年後も海外で戦える選手が次々と出てくるために必要なこと

さて、選手たちが次々と世界の舞台で結果を出し、一見順風満帆にも思える日本の女子ゴルフ界だが、課題も抱えている。それは練習環境の整備だ。追い風が吹いている今だからこそ、ジュニア育成にも深く関わる井上透はあえてこう現状を述べる。

画像: 自国開催のオリンピックでに稲見萌寧が銀メダルを獲得したことでゴルフ界に吹く大きな追い風を今後にどう生かせるか

自国開催のオリンピックでに稲見萌寧が銀メダルを獲得したことでゴルフ界に吹く大きな追い風を今後にどう生かせるか

「今回のオリンピックを見てゴルフを始めたいと思ってくれたジュニアゴルファーにとって、現在のゴルフブームは環境が悪いんです。不況だとゴルフ場が空き、その対策も兼ねてジュニアゴルファーを入れようというベクトルになります。しかし、ゴルフブームが到来すると排除される方向に進むのがジュニアゴルファーで、練習やプレーできる環境が失われることになります。ですからゴルフが『盛り上がってていいですね』と言われますがジュニアゴルファーにとっては真逆で、今練習環境がないことは10年後に優秀な選手を排出できないということと直結しています。今はそういう状況で危ないなと思っています。強化と普及という日本の柱を同時に進めることが重要だと考えています」(井上)

いずれにしても、ゴルフ界に吹く追い風を、選手、コーチや業界全体で今後にどう生かすかということが大切で、それぞれの目標に向かって既に取り組んでいる人たちも決して少なくはない。

タイガーがPGAツアーの規模を巨大化させたように、ネリー・コルダという技術とスター性を併せ持つ選手の出現がLPGAを大きくする可能性があると森守洋。そのフィールドで日本勢の活躍が年間を通して見られる未来は意外と近いのかもしれない。

撮影/服部謙二郎

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