東京オリンピック女子ゴルフで銀メダルを獲得した稲見萌寧。そんな稲見を指導しオリンピックではキャディも務めたコーチの奥嶋誠昭にインタビュー。銀メダルの要因やオリンピックへの取り組みについて話を聞いた。

銀メダルの要因は「ティショットの安定感」

東京オリンピック女子ゴルフで銀メダルを獲得した稲見萌寧。歴史に残る偉業と言える今回の成績だが、その稲見を指導し同大会ではキャディも務めたコーチの奥嶋誠昭は、日を置いた今でも「僕自身はまったく実感がないです」という。

「サポートはしましたけど、僕自身がメダルを獲ったわけではないですからね。もちろん本人は表彰式や会見を通じて実感があるでしょう。でもビックリしたのは(国内女子ツアーで)連チャンで優勝していたときの10倍くらいラインのメッセージが多かったこと(笑)。見ている方たちにどう映ったかはわかりませんが、やっぱりそれだけスゴイことで、与える影響が大きいんだなと再確認しました」(奥嶋、以下同)

最終日までネリー・コルダ、リディア・コら世界の強豪たちと優勝争いを演じた稲見だが、奥嶋は五輪で銀メダルを獲得できた要因は安定したティショットでフェアウェイをキープできたことだと言う。

「ティショットの安定感は非常に大きかったですね。持ち球のフェードだとショートホールや少し長めのミドルが攻めづらいというのはありましたが、飛距離自体は海外の強豪選手たちに遅れをとっているもののコース自体がそこまで長めの設定ではなかったのと、意外にフェアウェイが硬かったので転がってくれたのもあって助かりました」

画像: ティショットを安定してフェアウェイに運べていたことが大きかったと奥嶋は言う

ティショットを安定してフェアウェイに運べていたことが大きかったと奥嶋は言う

普段から「思い描いたラインより3ヤード右に曲がったらシャンク、2ヤード左に曲がったらOB」という気持ちで稲見は練習に取り組んでいるそう。そういった精密なショットへの意識がオリンピックでのプレーにつながったと奥嶋は話す。

練習ラウンドの段階では難易度が高めと踏んでいたグリーン周りも「ティショットが良くて、セカンドも変なミスがなかったので、すごいラフからのアプローチは打たずに済みました。ラフに入れないように、というマネジメントはうまくできていました」と奥嶋。

「でも3日目で伸び悩んだのは全部アプローチミス。セカンドでのジャッジもありますが、ちょっとペタペタした硬いライで球が強く出てしまい、上手く打てず寄らなくて」

グリーンも「練ランでの印象以上に難しかったです」と奥嶋。

「助けられたのが、日本独自のグリーンブックがあったこと。日本サイドが承認を経て僕らのもとに渡ってきたメモで、ドローンで撮影した情報をもとにしていて多くの選手たちに支給されていたものより細かい情報が載っていました。もっともその情報でバーディを獲れたホールもあれば、ミスの原因になった場面もあったので、トータルではイーブンくらいでしたが。最終日前半はバーディボギーの繰り返しで、もったいないミスがあったのでちょっと流れには乗れませんでしたけど、我慢しながらのプレーでチャンスをつかんでいましたね」

オリンピックを意識せず「普段通りを心がけていた」

自国開催のオリンピックという一生で2度あるかもわからない大舞台だが、奥嶋はコーチ・キャディとして、オリンピックに特化した戦略などは練らず「普段通りを心がけていた」という。

「そもそも良い成績を取りに行こうと思ってできたことがないですし、だったら『オリンピックだかから』と気負わずやろうと心がけていましたね。メダルのために普段以上にコースの下調べなどすることもなく、いつも通りに」

稲見自身、会見でもメダルは意識せずひとつでも良いスコアで上がりたいと語っていたが、本番でも普段通りのプレーができたことが好成績につながったと奥嶋。

「オリンピックということを意識していなかったですし、周りもさせないように気を配っていました。どうしても周囲の応援ってそのまま選手にとってプレッシャーになってしまったりしますから、その空気に自分まで乗っかってしまったら萌寧ちゃんもちょっと浮足立ってしまうかもしれない。なので態度は普段と変えずにっていう部分は気を付けていましたね」

画像: プレー中はサングラスとフェイスマスクを着用していた奥嶋。ゲン担ぎのため絶対最後まで取らないでと稲見に言われていたそう

プレー中はサングラスとフェイスマスクを着用していた奥嶋。ゲン担ぎのため絶対最後まで取らないでと稲見に言われていたそう

普段通りつながりで言えば、奥嶋が4日間を通してサングラスに加え、鼻から首元までをすっぽりと覆うフェイスマスクを着用していたのにも意味があったのだという。

「取るなって(稲見に)言われたんですよ(笑)。絶対最後まで取るなって。ずっとその恰好でやって(国内女子ツアーで)勝っていたので、ゲン担ぎだったそうです」

「直前に試合に出られたことも大きかった」

また、オリンピック直前に開催された国内女子ツアー「楽天スーパーレディース」に参戦できたことも「良い方向につながりました」と奥嶋は話す。

「少し前からショットが左に引っかかり、フェードヒッターなのにドローになってしまうミスが出ていたんです。6月のニチレイレディスから7月頭の資生堂レディスオープンくらいが一番調子が悪かった時期ですね。試行錯誤してバックスウィングに原因があることに気づいて、試合を重ねるごとにちょっとずつ良くなってはいたのですが、やはり試合をやりながらじゃないと結局修正ってできないので。楽天で9位タイとそこそこの順位だったので『こういう感じで打てば引っかからない』という感覚をつかんで帰ってきたなと。上り調子でオリンピックへ挑めたのは良かったですね」

一方で海外選手たちのプレーを間近で見て、世界で戦うための課題も改めて見えたという。

「やはり飛距離の差はあります。実際五輪では40~50ヤード飛距離が違う選手たちとメダルを争っていました。ほかの選手が52度のウェッジで打つ場面で萌寧ちゃんは6番アイアンでしたから。本人も『飛距離は伸ばしたい、あと10(ヤード)は飛ばないと』と言っていましたね。まああれだけ離されたら、やっぱり飛距離は大事だよね、って話になりますよね」

とはいえ「飛距離が伸びたぶん曲がってしまうのでは意味がない」と稲見自身も感じているそう。

「もちろんコースによっては飛距離が必要になってくる場合もありますが、それは簡単に手に入れられるモノでもないですから。とくに日本人選手の場合は、飛距離も大事ですがそれ以上にもっと緻密に正確に球をコントロールしていかないといけない。笹生優花選手レベルの飛距離があれば別ですが、そうでない我々がガツンと飛距離を稼ぐ大味なプレーでやっていっちゃうと、やっぱり海外では戦えないと感じました」

快挙を成し遂げつつも、次のステップへの課題も見えた東京オリンピック。稲見・奥嶋は休みを挟まずに、今週末の国内女子ツアー「NEC軽井沢72ゴルフトーナメント」にも出場を予定している。メダリストとなった稲見、そして奥嶋のコンビの活躍に要注目だ。

撮影/服部謙二郎

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