「ゴルフ科学者」ことブライソン・デシャンボーの「教科書」であり、50年以上も前に米国で発表された書物でありながら、現在でも多くのPGAプレーヤー、また指導者に絶大な影響を与え続ける「ザ・ゴルフィングマシーン」。その解釈に向かい続け、現在はレッスンも行う大庭可南太に、上達のために知っておくべき「原則に沿った考え方」や練習法を教えてもらおう。

みなさんこんにちは。「ザ・ゴルフィングマシーン」研究者およびインストラクターの大庭可南太です。これまでこのコラムでは「ザ・ゴルフィングマシーン」に提唱されている様々な原理原則について紹介してきましたが、本の名前の通り、やたらにスウィングにおける「機械的整合性」についての内容が多かったように思います。そうなると「いくらメカニズムが大事だとは言っても、実際のプレーでは人間の『感性』の方が最終的には重要ではないか」という疑問をもたれる方もいるのではないでしょうか?

じつは「ザ・ゴルフィングマシーン」でも、最終的に重要なのは「感性」であるとしています。つまり細部の動作に「機械的整合性」は必要だが、それを最終的には意識的な総合動作、あるいは無意識の「クセ」のレベルまで落とし込むには人間の「感性」が不可欠であるとしています。原本では第三章をまるまる使ってその具体的な手法にも触れています。

今回はそのなかから、「練習」と「ラウンド」の「心がまえ」の違いについて紹介したいと思います。

「練習ではうまくいくのに……」それ、当たり前です

そもそもゴルフというスポーツが特殊なのは、「あまりにも練習と本番のラウンドの環境が違いすぎる」ということです。

いくら練習場でナイスショットを連発しても、いざ本番のラウンドとなれば見える景色やプレッシャー、芝の状態、地面の傾斜、風など、「練習場にはなかったもの」が突然現れます。そう考えるとゴルフのラウンドというのは、「サンドバックの練習だけでボクシングのリングに上がる」くらい、ムリなことを強要されていると言ってもいいかもしれません。

画像: サンドバックでパンチ力やフォームを鍛錬することはできても、いきなりボクサーとリングで戦うのはかなり難しい。ゴルフはほぼこれに等しいことをやっている

サンドバックでパンチ力やフォームを鍛錬することはできても、いきなりボクサーとリングで戦うのはかなり難しい。ゴルフはほぼこれに等しいことをやっている

というわけで、よくレッスンで「練習だといいんだけど、本番になるといろいろ問題が……」というお客様がいらっしゃいますが、それ、当たり前なんですね。

さらにレッスン、つまり「習いごと」という視点で言えば、そもそも「本番」のある習いごとってじつは多くありません。テニススクールに通い、毎週末にトーナメントの試合に出ているという人はあまり多くないはずです。しかしレッスンに通うゴルファーにとって、いつかは「ラウンド」という本番を迎え、なおかつそこには「スコア」というデジタルな評価指標が存在してしまいます。

いくらレッスンで「いやーキレイなフォームですね、ナイスショット!」と褒めておだてたところで、実際のラウンドでは「全然スコアがボロカスだったじゃねえか!」ということが起きてしまうので、ただ単純にお客様に気分よくお帰りいただければいいというわけにはいきません。レッスンする側もけっこう大変なんですね。

「練習」は仮説を立てて試行錯誤

では、ゴルフがそのように特殊なスポーツであるならば、どのような「心がまえ」で練習をするべきなのでしょうか。

「ザ・ゴルフィングマシーン」では、ゴルフの練習には「研究者の立場」で臨むべきであるとしています。つまり何らかの「課題」に対して、「こうすればうまくいくのではないか」という「仮説」があり、その実現に向けて「試行錯誤」するという姿勢です。

たとえば「ボールが曲がる」という「課題」に対して、その原因は「スタンスがおかしい」、「トップの位置が低い」ことにあるのではないかという「仮説」を立てます。そして「ややオープンスタンスにしてみる」、「トップを高くする意識を持つ」ということをやってみて、結果がどうなるのかを分析するといった具合です。

画像: 現状の分析、課題の設定、仮説、実行など、ゴルフの練習は企業の商品開発にも似ている

現状の分析、課題の設定、仮説、実行など、ゴルフの練習は企業の商品開発にも似ている

じつはこうした「研究活動」に、レッスンプロというブレーンを参加させると非常に効率的になるのです。「ボールが曲がる」という課題設定が正しいのか、その原因の「仮説」に原則面での裏付けがあるのか、対策としてどのような練習やドリルが有効と考えられるのか、そのようなコミュニケーションを重ねることでムダな練習に費やす時間を大幅に減らすことができるはずです。

「練習がうまい」人の特徴は、まず「自分ではこう思う」という研究心があることです。言われたままの練習を続けるよりも、「なぜその練習をしているのか」を考えて納得している人というのはやはり上達が早いように思います。

二つ目の特徴としては、「一度にいろんなことをしない」ことが挙げられます。一つの課題がクリアされるまでは、じっくりとその対策に取り組むという忍耐がある方は、結果的に近道をたどっているように思えます。

「ラウンド」は「どこにボールを運ぶか」を考える

さて、そうした研究の末にいよいよその成果を実戦投入するラウンドの機会がやってきたとしましょう。ではラウンドにはどのような姿勢で臨むべきなのでしょうか。

「ザ・ゴルフィングマシーン」では、「集中し、規律を守り、状況を判断し、その日のプログラムを冷徹に実行する『演者』であれ」としています。

またラウンドにおいては細部の動作などには極力神経を使うことなく、「どこにボールを運ぶのか」というターゲットを意識して臨むことが「ラウンドがうまくなるコツ」であるとしています。

この「ザ・ゴルフィングマシーン」の記述と非常に重なる表現が、「帝王」ことジャック・ニクラス氏の表した「Golf My Way」という書籍に出てきます。

画像: ニクラスはクラブ選択の時点で、自分がどのようなショットをおこなうのかを映像化してから実際のショットに向かう。(”Golf My Way” Jack Nicklaus著より抜粋)

ニクラスはクラブ選択の時点で、自分がどのようなショットをおこなうのかを映像化してから実際のショットに向かう。(”Golf My Way” Jack Nicklaus著より抜粋)

それによれば、ニクラスはまずターゲットを定め、次にボールがどのような弾道でそのターゲットに向かうかをイメージし、最後にそのショットを完璧に遂行する自分のスウィングを脳内で映像化してからショットに向かっているというのですね。

イラストからもわかるとおり、本人の中では一連の行動が明確なイメージとしてプログラム化されており、あとはその通りに「演じきる」としているわけです。

「ラウンドがうまい」方の特徴として、この「想像力」が挙げられます。一般にはラウンド経験の少ない人ほど「打ち方」や「当たるかどうか」に意識が強くなり、上級者ほど「ボールの弾道」を意識されている方が多いように思えます。パッティングのボールのスピードなどはまさにイメージを描けるかでかなりタッチが決まってきます。

とはいえそう簡単にうまくはいかない

そうは言いましても、「うん、この打ち方なら絶対うまく行く。ゴルフわかっちゃった。開眼した!」などと言って、満を持して「明日はナイスショットをイメージした演者になるんだ!」と意気込んでも、そう簡単に思い通りにならないのがゴルフです。

私の経験になりますが、何か新しいやり方をひらめいて、それが実際のラウンドで想定通りに機能するということは、まぁ10回に1回もないのではないかと思います。「このやり方もアリかもしれない」くらいならかなり上出来と言えます。

画像: 我々が見ている上級者のスウィングは、たゆまぬ鍛錬と試行錯誤の結果として作りあげられたものである。写真は大西魁斗(撮影/有原裕晶)

 我々が見ている上級者のスウィングは、たゆまぬ鍛錬と試行錯誤の結果として作りあげられたものである。写真は大西魁斗(撮影/有原裕晶)

さらに、今回のコラムで書いたことはゴルファー側の話ですが、じつはこれは道具にも同じことが言えます。新商品のドライバーをフィッティングして調整して練習でも絶好調で「うん、これなら絶対に飛んで曲がらない!」と確信してラウンドに投入したら曲がりまくるなんてことはザラにあります。

それでも私たちは、いろいろ考えて試して何かをカタチにするべく練習して、それをラウンドで演じ切ろうとしても現実に打ちひしがれ、そしてまた練習し……を繰り返すことしかできません。

「そんな面倒なことやってられるか!」と感じるか、「うわぁ、こんなの一生かけてもボスキャラを倒せない、ずっと遊べる名作RPGみたいだ」と思うのかは、アナタ次第です!

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