「ゴルフ科学者」ことブライソン・デシャンボーの「教科書」であり、50年以上も前に米国で発表された書物でありながら、現在でも多くのPGAプレイヤー、また指導者に絶大な影響を与え続ける「ザ・ゴルフィングマシーン」。その解釈に向かい続け、現在はレッスンも行う大庭可南太に、上達のために知っておくべき「原則に沿った考え方」や練習法を教えてもらおう。

みなさんこんにちは。「ザ・ゴルフィングマシーン」研究者およびインストラクターの大庭可南太です。さて先週おこなわれました国内女子LPGAツアー「CATレディース」では、岩井千怜選手が初優勝からの2戦連続優勝を飾りました。私は昨年のステップアップツアーで双子の姉妹である岩井明愛選手ともども実際のスウィングを拝見しましたが、その時に衝撃的とも言えるポテンシャルの高さを感じました。

今回はゴルフィングマシーン的な視点から、岩井千怜選手のスウィングについて考察をしていきたいと思います。

「ゆったり」なのに飛んでいる⁉︎

中継で岩井選手のスウィングをご覧になった方も多いと思いますが、とにかくスウィングが「ゆったり」しているのです。もうなんというか全部ライン出しのハーフショットみたいなテンポに見えるのですが、これがしっかり距離も出ているのです。

私が観戦していた試合では池越えのパー5のホールで、その「ゆったりテンポ」で普通にアイアンで2オンとかして来るので、あまりのポテンシャルの高さに周りの選手が可哀想に思った記憶があります。

以前キム・ヒョージュ選手が来日した際に「いい素振りだなぁ」と思って見ていたら、ボールが飛んでいったので「え、今の本当に『打つ』スウィングだったの!?」と思って衝撃を受けたことがありましたが(それが普通に250ヤードを超える飛距離だったのですが)、それに近い衝撃を岩井姉妹から受けたものです。

いつもニコニコ、飄々とした表情でプレーしていることも「ゆったり」に見える一つの要因かもしれませんが、今回はこの「ゆったり」について考えてみます。

画像: つねに一定のリズムでショットに臨んでいるように見える(写真は2022年のCATレディース 写真:中村修)

つねに一定のリズムでショットに臨んでいるように見える(写真は2022年のCATレディース 写真:中村修)

スウィングが「速い」⁉︎

しばしば他人のスウィングに対して、「速いよ、もっとゆっくり振らなきゃ」などとおっしゃる御仁を見かけますが、これって結構不思議なことを言ってないでしょうか。

理屈のうえではヘッドスピードが速いほどボールは飛ぶはずですので、クラブヘッドを速く動かそうとすること自体は間違っていないはずです。

逆にどんなに「ゆったり」、あるいは「遅く」振っているように見えても、岩井選手のようにじゅうぶんに飛距離が出ている選手の場合、おそらくヘッドスピードも出ているはずです。クラブの反発係数はルールで決まっていますので、そうでなければ説明がつきません。

ということは「なんだか速く見えるけれども、実際にはヘッドスピードが出ていない、あるいはミート率が悪いなどの理由で飛ばない」スウィングと、その対極として「ゆっくり振っているように見えるけれども実際にはヘッドスピードも飛距離も出ている」スウィングが存在することになります。もちろん後者を目指したいのですが、ゴルファーの「1ミリでも遠くに飛ばしたい」という衝動がジャマをしてなかなかそうもいかないという現実があります。

では「速く見える」スウィングには何が起きているのでしょうか。大きく二つの現象が起きていると思われます。

スウィングが「速い」理由 
その1:クラブヘッド以外の動きが速い

一つ目は、肝心のクラブヘッドではなく、それ以外の部分の動きが速く感じられるスウィングです。

具体的には、身体の中心軸が大きく動いてしまったり、体勢が左右にブレるなどの現象です。レッスン用語にしてしまえば、「ヘッドアップ」「スウェイ」などですが、こうした現象が、「大きく」「瞬間的に」発生するほど、スウィングが「速く」見えるでしょう。

また腕の振りが速く見えるスウィングは、クラブヘッドが両手を追い越していくことで得られる加速をじゅうぶんに使えていない可能性が高く、こうしたスウィングも「速く見える」わりには飛ばないということが起きやすいように思えます。

スウィングが「速い」理由
その2:スウィングリズムが不規則になっている

もう一つはスウィングのリズムが不規則ということです。そもそも物体を「加速させる」ということは、その物体に作用を与え続けなければなりません。

画像A 物体の運動には慣性が働くため、加速は徐々にしかおこなわれないという性質がある

画像A上のように、重たいものを引っ張るのであれば、連結部であるヒモがたるんでいないことをまず確認して、そこから「引っ張る」作用を与え続けなければ物体を加速させることはできません。

いっぽう、画像A下のようにヒモがたるんでいるのに全力疾走すれば、最初は何も引っ張っていないので速く走れますが、実際に物体の重量を感じた時点で遅くなります。つまりギクシャクしたリズムになるはずです。

ゴルフスウィングで言えば、腕や身体になんらかの「ゆるみ」が発生する結果、クラブに作用をかけ続けることができていない場合に、速い状態と遅い状態が混在する、リズムが不規則なスウィングになると言えます。

ゴルフスウィングの三原則

結局のところ、「ザ・ゴルフィングマシーン」で提唱されている「スウィングの三原則」が崩壊している場合に「速く見える(が飛ばない)」スウィングになっていると言えそうです。

その「三原則」とは以下の三つです。

ステイショナリーヘッド:ブランコの「支点」が安定している。

バランス:スウィングで発生する負荷に耐える「構造」を維持している。

リズム:振り子を効率よく「加速」させる条件が整っている。

本コラムでは、以前の記事で「ブランコの三原則」として紹介しました。

画像: 支点と構造が確保されていることに加え、ブランコのロープも伸びた状態で振り子運動が起きることでリズムが確保される

支点と構造が確保されていることに加え、ブランコのロープも伸びた状態で振り子運動が起きることでリズムが確保される

この視点で岩井千怜選手のスウィングの連続写真を見てみることにします。

画像: 「支点」「構造」「加速」の「三原則」を高いレベルで完成させていることが「ゆったり」スウィングで飛んでいる理由

「支点」「構造」「加速」の「三原則」を高いレベルで完成させていることが「ゆったり」スウィングで飛んでいる理由

どうでしょう、この安定感。この「動かすべき」部分であるクラブヘッドと、「動かなくていい」部分のメリハリが、岩井選手のスウィングを「ゆったり」に見せている要因ではないかと私は考えています。 

これまでの記事でも紹介してきた「コンポーネント(スウィングの部品)」ということで言えば、「ヒップスライド」が少ないところも、世界のトッププロの風潮に近づいているところとして興味深いのですが、長くなりましたのでまた改めて紹介したいと思います。

岩井選手には前人未踏の初優勝からの三連覇を目指して、今週もぜひ頑張っていただきたいと思います!

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