“ドゥーカス”をご存じだろうか? 2012年1月にスタートさせまだ5年ながら、東南アジアを中心に世界に店舗を広めている新進気鋭の地クラブメーカーだ。そんなドゥーカスが昨年末にベトナムに出店した。どうして今ベトナムなのか。軌跡を辿る。

「顧客目線」から始まったブランド

“Do The Customer”。これが名前の由来だと、代表の原健太郎は話す。

「しばらくは問屋をやっていたんですよ。50以上のブランドを扱ってきた。でも、大手というのは地域や数に制約があったり、売らなきゃいけないものが決まっていたりする。メーカー側の目線ではなく、自分が“本当にいい”と思ったものを作りたい、売りたい。そこからドゥーカスは始まったんです」

画像: 試作品の型に目を向け語る原代表

試作品の型に目を向け語る原代表

そう思い立ったのはいいが、起ち上げまでは大変だった。10年以上に及ぶ販売やクラフトの実績はあっても、製品作りのノウハウはなかった。製造の職人を巡って何度も頭を下げた。今までの経験と“ユーザーの為に”という思いを伝えてその熱意がようやく伝わる。「ユーザー目線の地クラブを作れればそれが最大の強みになる」そう思って走り出した。

ドライバー、フェアウェイウッド、アイアン、パター……50以上のブランドを扱ってきた中で培った審美眼がここで役に立つことになる。大手メーカーは自社クラブしか分からないことが多いが、多くのブランドを触って、試打して、比べて……10年以上そうしてきた原はそんな自分を信じ、それを形にしていく。

画像: ドゥーカスだから出来るものが並ぶ

ドゥーカスだから出来るものが並ぶ

開発費やスタッフは大手に敵わないのは分かっている。だからと言って「小さい地クラブ屋だからドライバー1本に高いお金を払ってもらって当たり前なんだ!」とも思わない。

「上代は大手並みに。機能も大手と肩を並べたい。30代半ばの既婚者のお小遣いを考えても、手を出せない値段のものなんて作ろうと思っていない。いいものを誰もが手にとれる価格で勝負したい」

ゴルフマーケットは外ブラが約9割

世界のゴルフ市場は飽和状態だと原は話す。外ブラと言われる外国ブランドが9割近くを占めており、残りの1割を日本のブランドで喰いあっているそうだ。海外でもアジアだけで見ても、日本のブランドはまだまだ進出していく余地が残されている。

「大手と肩を並べたいというのがひとつ、世界一になりたいのがひとつ。世界のゴルフ市場は9割が外ブラだと言いましたが、残りの1割を国内で喰いあっている。それに加わるつもりはないんですよ。日本のプロダクトが好きだからこそ、1割を奪い合うのではなくて9割のほうをガンガン喰っていきたい」

画像: アパレルも展開

アパレルも展開

ここ10年で、シンガポール・インドネシア・ベトナム・カンボジアなどにもゴルフが浸透してきていると原は言う。手始めに出店にハードルの低かったカンボジアにゴルフショップを構えてみる。カンボジアのゴルフ事情というと、ようやくカンボジア人の中にもゴルフをする人が出てきた程度。ゴルフ場は国内に合計10ないくらい。ここ1年でようやく3つほど新規のゴルフ場が出来た。

また、カンボジア自体にゴルフショップが出来たのはドゥーカスが初めてだという。それだけに最初は需要がなく厳しいことも多かったが、出店から1年、カンボジア店が軌道に乗り始めたところでベトナムにも新しくゴルフショップをオープンしたという。

画像: ベトナムの店舗

ベトナムの店舗

「世界に進出したかった。もっと知ってほしいと思っている。今ベトナムに店舗を出してさらに東南アジアに店舗を広げていくつもりです。実はタイのバンコクにも事務所を構えたんです。次のステップではバンコクにも店舗を構えようと思っています。2月にはタイゴルフフェアというものがあって、タイの観光協会と組んで大きなイベントを行うんです。3月には日本のゴルフフェアにも出店します」

ベトナムは実は、キム・ハヌルなどツアープロが合宿で訪れるほどその練習環境が注目されている。合宿などをしてもアメリカなどに比べて安く済むのも人気の秘密だ。

「大手と肩を並べるのだとしたら、一部のゴルファーだけに受けているだけではダメ。日本のシェアの1割を喰いあっているようではダメです。今こそ日本のメーカーも1割で喰いあうのではなくて、残りの9割に目を向けてシェアを広げて行きたい」

画像: ベトナムは今世界のゴルフ業界からも注目されている

ベトナムは今世界のゴルフ業界からも注目されている

最後に原はこう話した。

「実は“地クラブ屋”とは言われたくないんです。大手と肩を並べるメーカーになるんです。だからクオリティも価格も販売戦略も、お客様に納得してもらいたい。まずはアジアでシェアを獲得する。だからこそ今ベトナムなんです」

ベトナムを始め、東南アジアに積極的に目を向け進出しているのは、日本のさらに先の、世界を見据えた男の戦略のひとつだった。

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