2017年5月29日、都内で宮里藍の引退表明会見が開かれた。26日の突然の引退発表から3日、日本中が待ちに待っていた「なぜ引退するのか?」の答えを藍が自らの言葉で語った。記者会見での発言の「ほぼ全部」を公開する。

昨年夏ごろ、今年いっぱいで引退する決意を固めました

(まず最初に)お忙しい中ありがとうございます。この二日間、引退を表明してから思っていたよりも反響がありまして、私自身驚いているのが現状です。昨年夏ごろ、今年いっぱいで引退する決意を固めました。今シーズンいっぱいなので、まだ残りのシーズンがあるのですが、一言みなさんにご挨拶したいと思って、この場にいます。

——引退の理由は?

モチベーションの維持が難しくなったのが一番の決め手です。モチベーションの維持が難しいと感じ始めたのが4、5年前。メンタルコーチにも相談して、色んな選手にそういう時期はある、と励まされましたし、自分でもモチベーションを戻せるようにここ4年くらい頑張ってきたのですが、それが戻ってこないことには自分とも向き合えないなと感じました。やれていた練習ができなかったり、トレーニングでも自分を追い込むことができなくなっていたので。プロである以上結果を残したいんですし、自分が理想としている姿はそこにはなかったので、こういう(引退という)形になりました。

——目標としていた全米女子オープンに、まだ勝てていないが、心残りは?

年内のメジャーに出場するチャンスは残っていますし、そこはまだ諦めていません。残り1年という期間を設けたことで、頑張れているというのもあって、いますごくモチベーションがあります。

画像: 一つ一つの質問に丁寧に、自分の言葉で答えていた

一つ一つの質問に丁寧に、自分の言葉で答えていた

——中京テレビ・ブリヂストンレディスでは最終日に6連続バーディを含む「64」。強い藍が帰ってきた、と感じたが?

いい集中力でプレーできましたし、1試合でもいいプレーをして、一人でも多くの人に恩返ししたいという気持ちがプレーにつながったかなと思います。シーズンの始めから手応えを感じていて、それが形になるまで我慢だと思っていましたが、やっといいプレーができたので、素直に良かったと思います。

——引退ではなく、休養という選択肢はなかった?

それはないですね。第一線でずっと結果を残していくためにはものすごいエネルギーが必要で、プロである以上そこまで甘い世界ではないと思っています。自分の中で限界を感じてしまった上での決断なので。

——10何年後かに電撃復帰の可能性は?

100%ないと今は思っています。今回4年間考えて、自分が4歳からゴルフを始めて20年以上ゴルフを通じてたくさんの方にお世話になったので、今度は自分が違った形で恩返しできればと思っています。

第二の人生は、今シーズンを戦い抜いてから、考えたい

——2003年にアマチュアで優勝してから、どんな14年だった?

本当に、思っていた以上の結果というか、自分としてはこれ以上ないゴルフ人生だったと思っています。引き際の寂しさよりも、感謝の気持ちを胸に今シーズンを戦えることが選手として幸せ。この14年間がどれだけ幸せな時間だったかを、今かみしめています。

——仲間からはどんな言葉をかけられた?

私の後輩も、先輩も、友人も家族も、決めたことを支持してくれた。暖かく受け入れてくれて、ありがたかったです。

——お父さんの優さん、お母さんの豊子さんにはいつ伝えた?

昨シーズンのエビアンマスターズを終えたとき、二人には話しました。おどろきもなく、「自分が幸せだと思う道を行きなさい」と言ってくれたことは嬉しかったです。兄二人も受けいれてくれました。

——今シーズンの予定は?

まだ決めていないのが現状です。一試合一試合、丁寧にプレーして、早く勝ちたいというのは目標にしていますが、最後の試合はこれ、と決めていないのが現状。メジャーは全部出たいなと思っているので、エビアンマスターズまではアメリカツアーで戦いたいと思っています。

——日本でのプレーは?

自分がプレーできるチャンスがあれば挑戦したいなと思っています。ひとまず来週のサントリーレディスが最後というか、一区切り。エビアンまで(アメリカツアーで)戦ってみて、また考えたいと思います。


——第二の人生の予定は?

具体的には決まっていないのが現状です。年内は今シーズンの残りの試合にエネルギーを注いで、改めて自分に何ができるか考えていきたい。

——結婚の予定は?

今の所はないですね。

2012年のすべてのメジャーを終えたあと、自分を見失ってしまった

——印象に残っている試合、または一打は?

やはりアマチュアで勝った宮城テレビ杯ですね。あの試合なくしては今の自分ないですし、質問を受けてパッと思い浮かんだのはその試合でした。アメリカツアーではエビアンマスターズでの初優勝が記憶に残っています。4年かけてもぎ取った試合でしたし、その前にドライバーのスランプもありました。なので、プレーオフの18番のティショットは、スランプを乗り越えた一瞬だったと思うので、よく覚えています。

画像: 会見には300名を超える報道陣が詰めかけた

会見には300名を超える報道陣が詰めかけた

——世界ランク1位にも。これほど世界で活躍できた要因は?

自分自身と向き合えたこと(が要因)なんじゃないかと思っています。ショットの精度と小技、それにメンタルトレーニング。そこが土台となって戦えた。必ずしも体格の差がハンディになるわけではなくて、自分のゴルフを信じることで、ここまでできたと思います。

——限界を感じたのは、具体的にはいつ?

2012年の後半だったと思います。その年はシーズン2勝していて、2009年に勝ってから4年間毎年勝ち続けていて、プロとしてピークを迎えているという感覚があるのにメジャーが勝てないという葛藤がありまして。今はそういう風に考えなくてよかったんじゃないかと思うのですが、この(ゴルフ人生のピーク的な)調子でメジャーに勝てなかったら、この先は一体どうなるんだろう? と、一度立ち止まってしまった。それから自分自身を見失ってしまったというか。どう立て直そうかと悩みましたし、難しかったです。

——世界で戦う厳しさを伝えるなら?

私が経験した中では、アメリカツアーは移動も多いし、芝のコンディションも(試合によって)変わる。天候もめまぐるしく変わるなかで、どれだけ忍耐強くプレーできるかが勝負になると思います。私もそうだったんですが、自分がわからなくなる、今まで戦えていたものが戦えなくなる、武器だったものが武器でなくなる瞬間が出てきてしまうと思うんです。ただそれは(ゴルファーなら)誰もが一度は通る道だと思っていて、場所は関係ないとも思います。私の場合は自分自身と向き合うのが趣味に近かったというか、徹底的に追求するほうにエネルギーを使うほうが好きでした。

——お父様に声をかけるとしたら?

両親にはたくさん支えてもらいました。父とはコーチとしてもたくさん喧嘩もしましたが、素直じゃない私も理解してくれて、最後のほうは歩み寄れたかな。たくさんの思い出を共有できたのは、プロとして幸せなことだと思います。両親には感謝の気持ちしかないので、ありがとうございますと伝えたいです。

——自分自身と向き合えなくなった、そのきっかけは?

2012年のすべてのメジャーを終えたあと、カナダの試合でメンタルコーチに初めて「自分の中で次何を目標にしたらいいのかわからない」と話をした記憶があります。メンタルコーチは「焦らなくていんじゃないか」と受け入れてくれました。その後にパターもイップスみたいになってしまったんですが、私はパターが得意だったので、どうしても乗り越えて終わりたいなという気持ちになりました。そこがきっかけとも言える。

——1年前はメジャーで優勝争いしていた。そのとき「勝つのは遠くない」と言っていたが?

今のほうがより手応えを感じています。ただ、ゴルフは調子がいいから結果が残るというものでもなくて、今でも試行錯誤しながら取り組んでいます。ブリヂストンでは思い描いたものに近いものが久しぶりに出せたんじゃないかと思っていますが、最後に優勝してから5年経って、(コンスタントに)勝っていたときのイメージも忘れてしまいますし、勝ち方も忘れてしまうので、そのあたりも新たなチャレンジかなと思います。

リオ五輪期間中に、引退の決意を固めた

——2012年から4年間悩んで引退という最終決断を下すにあたって、なにかきっかけは?

去年オリンピックで8月に3週間くらいツアーが休みになったんですが、8月に3週間休みがあるというのがプロになって初めて。そのタイミングが大きかったと思います。自分のなかで(引退するか、続けるか)どうしたいんだって思いがずっとあったんですが、試合はこなしていかなくてはならなくて、そこにエネルギーを使っていたのが、その3週間で自分のなかでの気持ちに整理がつけられました。

(最後に立って挨拶)お忙しい中お集まりいただきありがとうございました。約15年間プロの選手としてここまでプレーしてきて(言葉に詰まる)。本当にたくさんの方にサポートしてもらえたことが嬉しかったですし、選手として幸せだったなと思います。自分の引き際に対しての寂しさはなく感謝の気持ちで最後までプレーできることをありがたく思っています。支えてくださいましたスポンサーの皆様 家族友人ファンの皆様、本当に幸せな選手時代だったと思います、本当に感謝しています。残りシーズンも頑張っていきますので、もうすこしよろしくお願いします。

※速記での文字おこしのため、実際の発言と多少の表現の違いがある場合があります

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