島国日本は、陸と海の出合いがドラマチックだ。

名所、景勝地に海岸が多いのもそのためである。海はその土地の産業、風俗、ひとつの気質までに立ち入ってくる。

日南海岸に続く日向の、果てしなく直線的な海辺にふさわしい人間はどんなタイプだろうか。

深刻に、おのれの血と死に直面して悩むハムレット型よりは、カッ!と照りつける南国の陽光は、あのギリシャ神話のアポロ型にふさわしいに違いない。

最終日になって、36ホールの長丁場に日本プロ界のアポロ型スター、ジャンボ尾崎が優勝戦線に浮上してきたタイミングはまさにドラマチックだった。

画像: 尾崎将司。初優勝の舞台裏!@1971年日本プロ【Vol.1】
2週連続でやってきた初優勝のチャンス。

強風が吹けば風とともに喧嘩し、一枚看板の300ヤードのドライブを惜しげなく九州のファンに見せた。

したがって、グリーンへの入り口など問題外。花道が左を向いているホールでティショットを右に打っても、2打がショートアイアンならピンをデッドに狙える。花道など度外視していい。

だいたい、ゴルフコースはティショットが300ヤード以上飛ぶことを計算に入れて造られていない。

フェアウェイのドッグレッグにしても、ハザードの位置にしてもティショットを250ヤード平均と看做して造られている。

その点、尾崎の打球はなにもかも超越している。攻め方も単純でいい。

勝負のカンどころを知り尽くした杉本英世と河野高明が、最終組で頭脳合戦とカケヒキを繰り返すうちに、先行組の尾崎は“ただ曲げないこと”を頭に、単純な攻撃をしていたのである。

画像: 尾崎の肩に手を置く杉本英世 1971年日本プロにて撮影

尾崎の肩に手を置く杉本英世 1971年日本プロにて撮影

相手を考え、攻守を工夫し、球質をあやつる――そんな河野と杉本の葛藤が2人を泥沼にひきずりこんでいた。

バーディを5個もとりながら2オーバー74を叩き、通算1アンダーに後退した杉本、貯金をひとつ減らし3アンダーの河野、ともに互いの術中にはまったわけである。

この2人を尻目に、自分だけのノルマを正確に消化してゆく尾崎は2アンダーの70、通算4アンダーで同じ組の島田幸作と並び、この試合の首位に立った。

ゲームのスピードでも河野、杉本組2ホール近くあけ、快調なペース。「飛ばすことが僕のトレードマークなんだから」とゴールが近づいても尾崎の長打は衰えない。

海鳴りが遠くに聞こえ、松葉の緑が陽に白く光る。

コメントを読む・書く

This article is a sponsored article by
''.