新アイアンに「ミズノプロ」の名が冠された理由は……?
「今日は工場に入るのが正直、怖いくらいなんです」タクシーを降りるなりミズノ株式会社ゴルフ事業部でプロモーションを統括する横山直生さんはそう呟いた。
「新しいミズノプロのアイアンは、2017年の9月15日に発売になったのですが、実は店頭での予約受付は8月10日にスタートしています。その段階からたくさんの予約をいただいており、実は9月末までの想定数量を大きく上回るご注文をいただいているんです。当然、工場はフル稼働。さぞかし殺気立っているだろうと……」と、いうのがその理由だ。
ミズノプロのアイアンが売れている。そのニュースは、発売直後から業界内を駆け巡り、驚きを持って迎えられた。そのアイアンが、“ショップでのフィッティングを前提とした、カスタム専用モデル”という特異なビジネスモデルを採用したクラブだったからだ。
ネット販売がこれだけ発展した今、ショップにわざわざ足を運ばないと基本的には買うことさえできないという商品。これは、正直に言わせてもらえば時代に逆行しているかのように感じられる商品だ。
にもかかわらず、売れている。ミズノのアイアンとしては、ルーク・ドナルドが監修し、愛用した名器「MP-59」以来の、しかもそれを上回るヒットとなっているという。
その秘密を探るべく、取材陣は横山さんに案内され、養老工場を訪ねたというわけだ。そして、見学させてもらった組み付け現場は、まさにフル稼働状態。

新しいミズノプロはなぜカスタム専用なのか。養老工場で、ゴルフ事業部営業企画課の横山さんに語ってもらった
「ミズノプロはカスタム専用モデル。当然ながら、工場の負担は増えます。しかし、その負担に耐えるため、工場は工場で年初から準備を進めてきていたんです」(横山さん、以下同)
養老工場は2002年にミズノからミズノテクニクスという社名で分社化している。ミズノ本体のみならず、ミズノテクニクス、すなわち養老工場にとっても、今回のミズノプロは組み付けの納期や精度といった点で、“養老品質”と謳われる同工場の真価の問われる商品。気合いの入り方は尋常ではないのだ。
もし、思ったような注文が入らなかったら……? そんな不安も当然ながらあったようだが、現実には養老工場はフル稼働で全国のゴルファーからの注文にこたえている。“カスタム専用”に新モデルの命運を託したミズノの挑戦は、見事成功したと言っていい。
となると気になるのは、「なぜカスタム専用を採用したのか」だが、まずはなぜ今回ミズノプロというブランドを“復活”させたのか。その理由から聞いてみよう。
「大ヒットとなったドライバーの『ミズノプロ300S』、そして、30年前のモデルながらアイアンの名器というと未だに名前が挙がる『ミズノプロTN87』といったクラブの印象が強いため、どうしても“復活”という印象を持たれることが多いのですが、実は社内的には復活という考え方は持っていません」

日本のアイアン三代名器のひとつとも言われるミズノプロTN-87(写真左)。ニューモデルのミズノプロ118(写真右)と、その形状はやはり一脈通ずるものがある
横山さんによれば、ミズノプロとは総合スポーツメーカーであるミズノの中で、最高品質を提供するシリーズ。たとえば野球の世界などで圧倒的認知度とブランド力を持つその名前を新しいアイアンにも冠した、というのが経緯なのだそう。であるがゆえに、“プロ”という名前がつくものの、そこに「プロモデル」というニュアンスは少ない。
「ゴルフにおいて、過去のミズノプロには、上級者向け、プロ向けの『プロモデル』というイメージがありましたが、今回のミズノプロはあくまでも最高品質のシリーズで、必ずしもプロモデルではありません。プロが使える品質であることを前提に、プロが使うモデルと同じような製法や技術的背景が、一般アマチュア向けのモデルにも注がれている。それが新しいミズノプロなんです」
となると気になるのが、ミズノの代名詞とも言えるアイアンの「MP」シリーズとの住み分けだが、実はMPシリーズのクラブは現状国内で新商品の発売は未定だという。ミズノプロは、MPと、もう一つの看板ブランドである「JPX」の両者をカバーする、より大きなシリーズだということだ。
商品開発だけでなく、流通も含めた新しいビジネスモデルを模索した
ここには、ミズノのミズノプロへの覚悟が見える。MPにJPXという、すでにお客さんが付いているブランドを、ミズノプロに吸収させる。しかも、カスタム専用で。横山さんに、その戦略を採用するまでの道のりを聞いた。

旧ミズノプロの名が冠された最後のモデル、ミズノプロJPアイアン(写真左)。新生ミズノプロは、旧ミズノプロの「プロモデル」のイメージから脱却し、誰でも使える「最高品質」のクラブとなった。それを象徴するのが、ポケットキャビティながら軟鉄鍛造一体成型のミズノプロ 918(写真右)だ
「たとえば、少子化が進み、コアゴルファーの高齢化が急激に進む日本のゴルフの未来に対して、危機感を持っていないメーカーも、ショップもないと思うんです。日本のゴルフの将来像を考えたときに、少なくともかつてのように商品を大量生産をしていくという時代ではなくなっている。その環境下で、どうすればお客さんに満足のいく商品を届けることができるのか。クラブ開発だけでなく、流通も含めて、新たなビジネスモデルを構築する必要性に迫られて、モデル作りからスタートしたのが、3年くらい前のことでした」
カスタム専用には、いくつかのメリットと、いくつかのデメリットがある。メリットは、なんといっても自分にピッタリの、自分専用にカスタムされたクラブが手にできるということだ。それはスコアアップに直結し、所有感も十二分に満足させてくれる。
一方で、気軽にネットショッピングというわけにはいかないし、注文後、養老工場での組み付け作業を経てゴルファーの手元に届く仕組みであるため、最速で3日後の発送となる。
そのことから、「本当に売れるのか?」という声は、ショップからも、時に社内からもあったという。ショップにしてみれば、「あのクラブをくれ!」と商品が右から左に指名買いされるほうが、効率は間違いなくいい。一人一人に丁寧にフィッティングをするのは、合うアイアンを提供するためには最適解だが、効率という意味では悪い。
「どこでも売れる」オープンチャンネルでの販売ではない。それはメーカーにとって大きなリスクだったはずだ。世の中が効率優先に動くなか、それでもミズノはあえて低効率・高付加価値に舵を切った。そして、その戦略は成功を収める。それは、ミズノプロが、オープンチャンネルで販売していた直近のMPアイアンよりも多くの数を初動において販売しているという事実が物語る。
「今回のミズノプロの事業は、『我々は日本メーカーである』という自負がスタートラインになっているんです。製造から発送に至るまでの業務を整理していくと、そこに日本メーカーならではのきめ細やかさが発揮できることに気がついたんです。モノ作りの部分だけでなく、フィッティング、アッセンブル(組み付け)、もっといえば注文の管理や、材料の手配、迅速な発送に至るまで、日本ならではのおもてなしの感覚は、世界に通じる価値を生むということへの気づき。それが、今回のミズノプロのビジネス開発の根底にあります」
日本メーカーならではの“おもてなし”の感覚。その積み重ねとして、店頭でフィッティングを受けたクラブが、熟練度の高い職人によって丁寧に組み付けられて、3日で工場から出荷されるという「クイックオーダーシステム」が完成する。
主要スペックでの店頭在庫はあるものの、基本はクラブを家に持って帰れない。そのデメリットを、丁寧な組み付けと、細かいオーダーへの対応というカタチでメリットに変える。その上で、注文してくれたゴルファーを可能な限り“待たせない”。その心遣いこそが、ミズノの真骨頂だ。

養老工場で働くのは一人一人が熟練した職人たち。彼らが組み上げるクラブの精度は「日本の価値」を体現している
「養老工場では、トヨタのカイゼン方式を取り入れています。同じ中部地区ということもあり、交流がある関係からのことですが、それによって工場の生産性は日増しに高まっています。注文から3日で発送するクイックオーダーシステムはその賜物ですが、3日でいいのか? さらに納期を短縮するにはどうしたらいいのか? という議論は日々交わされています」
そして、この方式、実はショップにとっても、在庫リスクがないという大きなメリットがある。実際、ミズノプロのヒットを受けて、ゴルフショップではない一般の量販店からも「ミズノプロを売らせて欲しい」という問い合わせが来ているのだという。ただ、ミズノプロはミズノのフィッティングシステムを導入した「GCFショップ」のみでの取り扱いとなっているため、その都度丁重にお断りしている状態だという。
冒頭に、ミズノプロを「時代に逆行しているかのように感じられる商品」だとあえて書いた。しかし、取材をしてみると、その印象は反転する。大量生産・大量消費の時代を過ぎて、我々はひとつの道具に愛着を持ち、長く愛用する時代へと回帰しようとしているのではないか。そして、その先頭で旗振り役を務めているのが、今回のミズノプロのアイアンなのではないか。そう思えてならないのだ。
ミズノプロのキャッチコピーは、「日本の価値が、世界を変える。」というもの。もしかしたら我々が目撃したのは、新しい商品の発売の瞬間ではなくて、世界が変わる瞬間だったのかもしれない。