「ヤマハは顔がいい」「打感がいい」。いつしか「飛ぶ」が抜け落ちていた
「嘘をしゃべってもらうくらいなら、記者発表にきてもらわなくていいです」
新製品記者発表を間近に控えたある日、ヤマハの新しい「RMX」企画担当・梶山駿吾は、契約プロである藤田寛之、谷口徹、今平周吾にこう伝えた。記者会見では美辞麗句を並べておいて、実戦では使わない。それではなんの意味もないと考えての発言だ。
そして2019年8月5日。都内で開催された記者発表には、藤田、谷口、今平の3人が勢ぞろいしていた。それは、新しいRMXの性能をプロたちが認めた瞬間だったと言えるかもしれない。
ヤマハのニューモデル「RMX120」と「RMX220」は、今までのヤマハのドライバーとはまるっきり異なる性格を持つクラブだ。そして、このクラブが世に出るまでには、ヤマハが下した大幅なクラブ作りの方向転換と、それを強く後押ししたプロからの要求がある。梶山は言う。

谷口・今平・藤田の3人が勢ぞろいした記者発表会
「他社は『飛んで曲がらない』と言われる。ヤマハは、『顔がいい。打感がいい』と言われる。『飛ぶ』や『曲がらない』がいつの間にか、抜け落ちてしまっていたんです」
ヤマハのクラブは、飛ばない。
そうもっとも声を大にして言っていたのは、その実ほかの誰でもない、藤田寛之だった。
「ずっと『距離が行ってないよ』ということは伝えていたんです。次は(テクノロジーが)こうだ、ああだって言うけど、(海外メーカーに飛距離が)追いついてないよって言い続けていました」(藤田)
世界基準の飛びを得るために、たどり着いたのが「ブーストリング」
藤田は、それを証明するために、RMXの開発現場であえて他メーカーのドライバーを打つこともあった。
「実際に打って、数字を見てもらう。弾道測定器でこれくらい(飛距離が)違うんだって。ガチでやってるんです。数字だけじゃない部分も含めてね」(藤田)
契約プロには、自社のクラブのPR大使的側面が当然ながらある。最大の味方であるはずの、それもヤマハの“生え抜きプロ”ともいえる藤田が、クラブ開発のある意味では最大の“障壁”として立ちはだかる。藤田が打って納得する数値がもし最後まで得られなければ……記者発表の場に藤田の姿はなかったはずだ。

記者発表会に姿を現した藤田寛之。RMXの性能を認めたという証拠だ
「とにかく今回は性能を出す。そのためにはヤマハらしさ、伝統を切り離して構わない。それくらい思い切って、ゼロから見直そうという作業をした」と梶山は言う。打感はいらない。顔の良さも犠牲にして構わない。ただし、飛距離は絶対に出なければならない。直進安定性も極めて高くなければならない。世界のトップ選手は、そんなドライバーを手に戦っているんだから……。
そして、試行錯誤の果てにたどり着いたのが、フェースの近傍にぐるりと一周リング状のリブを配置することでエネルギーロスを防ぎ初速UPを最大限に発揮する「ブーストリング」だ。実はこのブーストリングテクノロジー、正直に言えば「これで本当に効果があるのか?」と思ってしまうほど、見た目には地味だ。テクノロジー全盛時代、テクノロジー自体のビジュアルインパクトも、製品をマーケットに訴求する上では必要とされる時代だ。

とにかく飛んで直進安定性が高い。その性能にこだわり抜いたプロモデルが、RMX120だ
ヤマハ側も、それはもちろん自覚している。それでもこの形状を採用した理由はシンプルで、「これが一番パフォーマンスが上がるから」(梶山)だという。“写真映え”するテクノロジーではなく、1ヤードでも先に、曲がらずに飛ぶことを愚直に追求したブーストリングの見た目には地味な形状からも、ヤマハの“本気”が透けて見える。
また、RMX220の慣性モーメントの値は5700g・cm2を超えるというちょっと異様な大きさで、RMX 120も5000を超える数値となっている。その形状は前モデルよりもはるかに投影面積が大きく、たしかに今までのヤマハらしくない。「ヤマハのクラブは顔がいいね」と言われなくなるリスクをとって、「今度のヤマハ、全然曲がらないね!」と言われることを目指していることが、慣性モーメントの数字と、形状から見て取れる。
プロたちが実戦投入を決断した!?
日本人は、松竹梅があれば竹を取る民族だ。なにかとバランスを求め、トガることを嫌う。というか、トガることが苦手。なのだが、今回のRMXには幕の内弁当的バランス感覚は存在しない。とにかくトガりにトガっている。そしてその「トガっている」ということ自体が、世界基準に追いつき、追い越すために絶対に必要なことだったのだ。

藤田、今平が実戦投入を決めたRMX120。その飛距離性能を認めての実践投入に他ならない
さて、時は移って2019年8月21日。男子ツアー後半戦の開幕前日、藤田寛之、そして今平周吾のバッグには、RMX120ドライバーだけが収められていた。それは、ツアープロにとって「テスト」ではなく「実戦投入」のサインだ。
「(新しいRMXは)初速が上がります。それが飛距離につながります。そして今回のヘッドは直進性が高く、真っすぐ飛ぶんです」(藤田)

プロ目線の厳しい意見でヤマハとともにRMX120を完成させた藤田寛之
「嘘をしゃべってもらうくらいなら、記者発表にきてもらわなくていいです」そう言って臨んだ記者発表で藤田寛之が語った言葉は、当たり前だが嘘ではなかった。メーカーがなくなってしまうかもしれない。それくらいの覚悟で、メーカーとプロたちが作り上げた新しいRMX。
プロたちがツアーの現場で一足お先に恩恵を受けるであろうその性能をアマチュアが味わえる日は、もうすぐそこだ。