ゴルフ場は男性優位の職場だ。なかでもコースメンテナンスを受け持つ管理部門は典型的な男性職場といえる。そんな職場にキャリア20年のベテラン女性キーパーがいる。彼女はどんなきっかけでいまの職場に飛び込み、どんな仕事をしているのだろうか。プレーヤーの目に触れることの少ない縁の下の力持ちの職場で活躍する女性キーパーの1日を追った。

グリーンキーパー歴20年。毎日が「時間との戦い」

午前7時。山の稜線から斜めに射し込む朝日が露に反射して白く輝くグリーンに、彼女の姿はあった。藤巻典子さん、55歳。詳しく調べていないので確たることは言えないが、恐らく日本で唯一の女性キーパーだろう。群馬県の高梨子倶楽部のコースメンテナンスを一手に引き受ける「河井グリーンサービス」の社員である。

画像: 業務開始は7時。当日の先頭の組に追いつかれないよう練習場と合わせて20面あるグリーンの整備を4人の同僚と手早く行うことから1日は始まる

業務開始は7時。当日の先頭の組に追いつかれないよう練習場と合わせて20面あるグリーンの整備を4人の同僚と手早く行うことから1日は始まる

グリーンキーパーの朝は、時間との戦いになる。

「毎朝、7時からグリーンの整備に入ります。コースと練習グリーン合わせて20面を4人で手分けして2時間で刈り終えます。プレーヤーのスタート時間は7時30分。高梨子倶楽部のグリーンはだいたい700~900平米あり、1つの面を刈り終えるのに20~25分かかる。1組目が2サムのときなどは、のんびりしているとすぐプレーヤーに追いつかれるので、息つく暇もありません」

説明しながら、子供なら駆け足でも追いつかないくらいの速足で芝刈り機を操作する。

「その日によって、フェアウェーに対してタテ刈りか、ヨコ刈りかが決まっていて、タテ長グリーンをヨコ刈りするときはターンの回数が増えるので、もっと時間がかかります」

画像: ラフの手入れは1日置き。季節によって刈り高も変えている

ラフの手入れは1日置き。季節によって刈り高も変えている

この日の刈り高は4ミリ。1日置きにタテ刈りとヨコ刈り、右側からと左側からの4方向から刈り進めるダイヤモンドカットを繰り返し、球の転がりが均一になるよう仕上げる。

「いまは秋口に入り、芝の成長も遅くなってきたので刈りカスも少ないですが、夏場の芝の成長の速いときは、1面を刈るごとに刈りカスを捨てないといけません。バケットがすぐ一杯になり、朝露を含んでいる刈りカスはとても重く、機械は操作しづらくなりますし、それに刈りカスを捨てるためにバケットを持ち上げるのも、容易じゃないんですよ」

早朝のグリーン整備は2時間で終わるが、そのあとも機械の掃除や手入れ、カート道路の補修、樹木の枝打ち、ラフの草払い、バンカー均しと、作業は間断なく続く。

35歳でゴルフ場のキャディからキーパーへ”転身”

藤巻さんがいまの職場に入ったのは35歳のとき。それまで別のゴルフ場でキャディをしていたが、河井正社長に誘われてキーパーの道に飛び込んだ。

「最初は事務職だったんですけど、数か月して社長に、外の仕事もしてみないかと言っていただき、男性キーパーの作業の補助を始めたんです。そのうちに、女性だからできないと言うのは私がイヤで、徐々に機械の扱い方を教えてもらって慣れました」

もともと体を動かして汗を流すことは好きだった。

「子供の頃からお転婆で、同級生のお母さんに『あんたに、うちの子はよく泣かされたのよ』と言われるくらいやんちゃでした(笑)」

男性社会の職場だが、キーパーになってつらい思いをしたことはほとんどないと言う。

「確かに機械を扱うのは大変だし、力もいるけど、ウチは男性のキーパーが気を遣って、私には傾斜の緩やかな場所や危険の少ない場所を優先的に回してくれるので、なんとか足手まといにならずに済んでいます。困ったことは若い頃の日焼けくらいですかね。日焼け止めクリームを塗っても、汗ですぐ流れるので、いまはもう気にしなくなりましたけど」

キーパーの仕事は春夏秋冬、多岐にわたる。

「梅雨から夏にかけては草の伸びる勢いがすごいので、1日の大半を草刈りに追われます。冬になると草刈りからは解放されるけど、グリーンを凍らせないためのシート張りや片付けに追われる。高梨子倶楽部は全面シートをかけるので、3~4人1組でハーフずつ分担して対応しますが、これも朝は時間との勝負です。うっかりするとチコちゃんから『ボーっと生きているんじゃないよ』と、いつも耳元で叱咤されている気分です(笑)」

秋は枯葉や落ち葉の処理に追われ、朝のグリーン整備のときも、グリーン上に落ちた枯れ枝で芝を傷めないよう注意を払いながらの作業だから、これまた時間がかかる。長雨が続けば芝に病気が入らないか心配になるし、台風がくれば天気予報に一喜一憂する。

「芝生は生き物。手をかけた分だけ、答えてくれる」(藤巻さん)

「一言で言うと“手を抜けない仕事”だと思います。芝は生き物だから、去年よかったから今年もいいだろうということは絶対にない。その日、そのシーズン、その年ごとに勝負をしている気分です。夜中に雪が降ると、庭の積雪量を見て、コースの具合はどうなのか気になるし、コースが積雪でクローズになっても管理の仕事は関係ない。でも、それだからやり甲斐もあるんですよ。芝は手をかけると、かけた分だけ答えてくれるんです」

話を聞いていると、次にラウンドするときにキーパーの皆さんを見かけたら「ご苦労様です」と一言、声をかけなきゃという気分になる。

「はい。たまにそう言ってくださるお客様もいて、そのときは本当に疲れが吹き飛びます」

早朝、凛とした冷気が漂う静謐なひととき、誰よりも先に朝日を浴びて、朝露で光るグリーンに足を踏み入れ、ゴルフ場の大自然を独り占めする爽快感は何ものにも変えがたい、と藤巻さん。仕事は大変だし、時間に追われるし、女性だからと言い訳ができるわけもないのだが、縁の下からプレーヤーを支えるキーパーに、ゴルフの神様は粋なご褒美を用意しているものだなと思った。

(注)高梨子倶楽部では「キーパー」は管理部門のトップを指す呼称ですが、ここでは一般的な管理部門の作業スタッフ全般を指す呼称として「キーパー」の表現を使用しました。

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