50センチの"ウイニングパット"を外してしまったが……
表彰式の優勝スピーチで蛭田みな美はあふれる涙を抑えられなかった。
「自分でも信じられなくて……。今まで応援して下さった方々にお礼を言いたいです。ありがとうございました」
短い言葉に喜びと感謝の気持ちを込めると、観客から大きな拍手が沸き上がった。
西郷と並び首位タイからスタート。
チップインバーディを決めた4番から9番までに3バーディを奪い単独首位に立った。
最難関の16番パー4は第2打をピン手前4メートルにつけ、難しいスライスラインを読み切った。
この日このホールをバーディとしたのはわずか2人だけ。この時点で2位の西郷に2打差をつけ、初優勝の可能性が大きく膨らんだ。
いい流れが暗転したのは18番パー5。
第1打、第2打ともフェアウェイを捕らえ、残り70ヤード の第3打をピン手前2メートルにつけた。
17番でバーディを奪って1打差に迫っていた西郷が先にバーディパットを外し、2パットでも優勝という状況になったが、ファーストパットを50センチオーバー。
返しの"ウイニングパット"もカップに蹴られて、まさかの3パットボギー。
決着は両者ともに初体験というプレーオフにもつれ込んだ。
プレーオフは18番パー5で行われたが、正規の18番のミスを引きずったのか、蛭田はいきなり不利な状況に直面した。
ティーショットを右へ曲げ、ボールが木のくぼみに沈み込んでしまったのだ。
第2打は飛距離も出ず、右の深いラフへ。対する西郷は第1打、第2打ともフェアウェイをキープ。
だが、この敗戦を覚悟せざるを得ない状況で、自ら「奇跡」と評した大逆転のスーパーショットが生まれた。
右ラフからピンまで157ヤードの第3打を7番アイアンで打つと、ボールはグリーンセンターに落ち、左への下り傾斜を転がって、ピン左1メートルに止まった。
これは正規の18番で外したパーパットと奇しくも同じライン。
西郷が手前1.5メートルのバーディパットを外した後、今度はしっかりと打ち切り、右の拳を小さく2度振り上げた。
「正規の18番はバーディパットをどういう気持ちで打てばいいのかわからなくなって、平常心で打てなかった。でも、プレーオフは同じラインだったのでしっかり打つことができました」
「プレーオフの前も父の言葉で持ち直せました」(蛭田みな美)
蛭田みな美が日本女子アマを制し、プロトテストに合格したのは2016年。
当時初優勝は時間の問題といわれたが、この日まで7年を要した。
「自分はこのまま勝てないで終わっちゃうのかと思った時期が長かったので、ここまで長かったです。2年前くらいからパターイップスみたいになってしまって。それがやっとよくなってきて、このパッティングが続けばいいところにいけるんじゃないかと思っていたので焦りはなかったんですけど……」
と感慨に浸った。
待望の初優勝を支えてくれたのは、キャディの父・宏さんだった。
福島県東白川郡で動物病院を運営していた宏さんは娘のために、長くキャディを務めてきた。
この日もプレーオフにもつれ込むと「全然大丈夫だ」と娘が落ち込まないよう励ました。
右へ外しても左でも難しい16番のセカンドショットを打つ前には
「腹を決めて打つしかないな」とゲキ。この一言が貴重なバーディにつながった。
「16番は父から言われた通りに腹を決めて打ったらバーディが取れました。プレーオフの前も父の言葉で持ち直せました」
自分自身の地道な努力も優勝を引き寄せた。
昨年のQTで29位に入り、今季の前半戦出場を決めてから、ラウンド中に無理にでも笑うようにしたら、パターイップスが改善の方向に向かったという。
「小祝さくらちゃんはいつも笑っているから強いのかなと思って参考にさせていただきました。QTでいい効果があった感じなので続けています。私は1メートルのパットが緊張感あったんですけど、 打てるようになりました。今週も表情筋が緩めば体全体が緩むという、訳のわからない理論でやってました」
さらにもうひとつの進化もあった。
昨年12月からアン・ソンジュの元トレーナーに指導を仰ぎ、 瞬発力をうまく使えるようになった。
「その効果でドライバー飛距離が平均15ヤード伸び、優勝を狙える状態に持っていけまし。体も今は痛いところもないので、ありがたいことです」
と感謝の言葉を口にした。
プロ8年目の初優勝で次なる目標が見えてきた。
「これまでシードを取ったことがなかったので、今年はそれが目標だったけど、ひとつクリアできました。次は複数回優勝を目指したいです」
遅れてきたヒロインが涙の乾いた目で未来を見つめた。