「ゴルフ科学者」ことブライソン・デシャンボーの「教科書」であり、50年以上も前に米国で発表された書物でありながら、現在でも多くのPGAプレーヤー、また指導者に絶大な影響を与え続ける「ザ・ゴルフィングマシーン」。その解釈者でインストラクターでもある大庭可南太が、TPI(Titleist Performance Institute)の取り組みについて紹介する。

みなさんこんにちは。ザ・ゴルフィングマシーン研究家で、ゴルフインストラクターの大庭可南太です。さて今回も、先日参加してきましたTPIのセミナー内容から、人間の「運動学習」についての研究内容を紹介したいと思います。

「体で覚える」は本当か?

TPIの面白いところは、ゴルフのプロ集団の意見集約ではなく、各分野の専門家の研究をゴルフに応用している点です。したがって、今回のお題である「人はどのようにして運動を学習しているのか」についても、脳の研究をベースにしています。

つまり「運動学習」はゴルフに限った話ではなく、アメリカでも現在進行形の学問であり、さまざまなスポーツ分野を題材に研究が進んでいます。よって突き詰めると「その分野の専門書を読め」ということになるので、TPIでオススメされている「Motor Control and Learning」という本を一応、渡米前に買ってはみたわけです。

画像: 画像A 2010年の初版以降、最新の研究をアップデートしながら現在第六版まで出ている「Motor Control and Learning」。

画像A 2010年の初版以降、最新の研究をアップデートしながら現在第六版まで出ている「Motor Control and Learning」。

実はこの本、飛行機の中で読めるかなと思って購入したのですが、とにかくデカく、重いので、到底旅行に持ち運べるようなものではありませんでした。というわけでまだ読んでいませんので、前置きが長くなりましたが、ここではTPIで紹介された「脳と運動機能の関係」についてです。

まず重要な論点として、人間が運動を行う上で「筋肉に記憶機能はあるのか」、日本流に言えば「体で覚える」ことは可能なのかということです。

どのような運動であっても、大小さまざまな筋肉がタイミング良く連動しています。例えば最初に動き出す筋肉Aが50%収縮したところで、Bの筋肉が動き始め、そしてやや遅れてCやDの筋肉が活動を始めると言うことが起きているわけですが、この順番やタイミングはどのように記憶されているのかということです。

実験ではレバーを右から左にスイッチするといった運動を、全身の各所に筋肉の電気信号を計測するセンサーをとりつけて行いました。被験者には「レバーをできるだけ速く動かす能力の測定」と伝えたとします。そこで被験者は何度も全力でこの運動を繰り返すわけですが、何回目かで被験者に知らせずに、レバーを固定状態、つまり動かない状態にしました。

このときの電気信号を確認すると、レバーが動く状態と同じタイミングでシグナルが発信されたというのです。つまり、筋肉が互いに連携しているわけではなく、脳からの信号を忠実に実行しているだけということになります。よって、運動の記憶とは、筋肉ではなく脳に記憶されているので、スポーツの上達には、適切な指令を出せるように脳を鍛える必要があるのです。

これについてはさまざまな実験の結果、現在ではほぼ定説になっています。つまり「体で覚える」は不可能で、無意識に正しい運動ができる状態は、正確には「無意識に筋肉に正しい指令を出せるように脳が鍛えられている」状態なのです。

反復練習の効果

では、脳を効率的に鍛えるにはどういう練習が効果的なのでしょうか? 同じことを何度もする「反復練習(ブロック練習)」と、いろんな練習を混ぜて行う「ランダム練習」で面白い結果が出ています。

画像: 画像B 同じクラブでフルショットを続ける「ブロック練習」と、いろんなクラブを交互に打つ「ランダム練習」

画像B 同じクラブでフルショットを続ける「ブロック練習」と、いろんなクラブを交互に打つ「ランダム練習」

この実験では、二人の被験者に、「7番アイアンでのフルショット精度の測定」と実験目的を伝え、被験者Aには7番アイアンのみでの練習(ブロック練習)、被験者Bにはウッド、アイアン、ウェッジなど、さまざまなクラブを順番に打つように練習(ランダム練習)をしてもらいました。

するとほとんどのケースで、ランダム練習を行った被験者の方が、7番アイアンのショット精度が良かったという結果が出ました。なぜこうしたことが起きるのでしょうか。

当たり前ですが、毎回同じことをやっている方が、その瞬間のパフォーマンスは良くなります。しかし毎回違う問題を解こうとすれば、脳への負荷を上げることができます。

7番アイアンだけを練習した被験者は、練習ではナイスショットの確率も上がり、自信も付くでしょう。一方、いろいろなクラブを打つ被験者は、毎回セットアップやスウィングのイメージを変えなくてはいけません。このため後者のほうが学習負荷が高く、また毎回結果が良いわけではないので、自分の実力を過信することもありません。

これが本番のテストになると、ブロック練習の被験者は少しのミスが出ただけで「本当はできるはずなのに」と考え、ランダム練習の被験者は都度ナイスショットを出すための方法を考えることになります。結果本番では後者の方が良い成績を残すというのです。

画像: 画像C 2ケタのかけ算を考えて見る。毎回同じ問題を解く場合と、毎回違う問題を解く場合では、当然後者のほうがフラストレーションは溜まりますが、かけ算の処理能力は向上(学習)している

画像C 2ケタのかけ算を考えて見る。毎回同じ問題を解く場合と、毎回違う問題を解く場合では、当然後者のほうがフラストレーションは溜まりますが、かけ算の処理能力は向上(学習)している

運動記憶はなくならない

運動記憶にはもう一つ特徴があり、それは「一度できた運動パターンはなくならない」というものです。例えば自転車に補助輪なしで乗れるようになると、おそらく30年ぶりに自転車に乗ってもその運動を忘れていません。

このことは一見良いことのように思えますが、それならば一度できたナイスショットをなぜ毎回再現できないのかという疑問が残ります。これは「ミスショットの運動パターンも記憶される」からです。

つまり人間は何らかの運動を行う際、自分の脳に蓄積されている膨大な運動パターンの中から、毎回どれかをファイルのように取りだして実行に移しているわけです。たまたまその時に取り出したパターンが、ミスショットのパターンだったときにミスになります。練習では一回も出ないシャンクがラウンド中に突然出るのもそうした理由です。

ではどうすれば良いのかというと、良い運動パターンの、脳内における比率を高める、あるいはそれを呼び出せるトレーニングが必要だとしています。

例として、悪いショットのときに「何が悪かったのか」を考えるのではなく、良いショットのときに「いまのショットに向かうまでに良かったことは何か」を考える、つまり「悪い結果を修正する」よりも「良いプロセス」を評価するクセをつけるということです。「悪い結果」や「その原因」を考えることは、悪い運動パターンのファイルを増やすことにつながります。

また指導者や他人に言われたことを実行するのではなく、その都度、自分の言葉に置き換えてやってみる。そうして得た「良い運動パターン」を自分の言語や感覚として記憶することで、そのファイルを呼び出しやすくするともしています。

いずれにせよ、今後のスポーツ界では「十回連続成功するまで帰らない」といった手法よりも、「どうすれば練習の学習効果が高まるか」を考えることが中心になるだろうということでした。

もちろん、特定の技術の習得に向けて反復練習が必要な場合もあるので、ブロック練習が「悪」だとまでは言いません。ただPGAの選手の練習比率で言えば、ブロック練習が10%、ランダム練習が70%、ラウンド(実戦形式)が20%くらいになるのが平均的ということです。

とはいえ、充分な練習時間を取れないアマチュアゴルファーが、こうした「運動学習」の効率について考えることがより重要になるでしょうし、指導者としても「運動能力の向上は脳のトレーニングと等しい」ことを強く意識していく必要があるでしょう。

This article is a sponsored article by
''.