感染したら止まらない「マツ枯れ」のメカニズム

名門・川奈GC大島コースの4番ホール
どんなゴルフ場でも樹木が植えられている。コース内に1本も木がないというゴルフ場は皆無といえるだろう。
樹木は景観を高め、夏の暑い日には木陰を作り、広葉樹においては季節により新緑、紅葉と色の変化もありプレーヤーの心を和ませてくれる。
日本のゴルフ場の多くは林間タイプで、きれいに手入れされた緑のフェアウェイ、各ホールをセパレートしている林帯の多くは松が多い。そのためか、ゴルフ場の印象を問うと「松」と答えるゴルファーは多くいる。海岸線の多い日本において白砂青松というイメージがあるが、海岸線から離れた内陸部にあっても松が多く、一般に「名門」とされるコースのほとんどが豊富な松でセパレートされている。

西那須野CC
枝振りの良い松がフェアウェイに植えられていることがある。なかでも幹が赤味を帯びた赤松はフェアウェイの緑と相まって景観をより美しくしてくれる。例えば栃木県にある西那須野CCなどは赤松林の中に各ホールがレイアウトされ、アクセントと戦略性を高めている池とが一幅の絵となり非常に美しい。
手入れをされたコース内の松は美しさと引き換えに手間のかかる部分があり、多くのゴルフ場の悩みでもある。剪定され形を整えられた松が急に枯れてしまうことがあるからだ。その原因は「マツザイ線虫病」によるものだ。この線虫は幹に入り込んで松を枯らしてしまうものだが、線虫自体は入り込んだ幹から移動手段を持たない。しかし、マツノマダラカミキリの媒介によって隣の幹へと移動することにより、一帯の松を枯らしてしまうことになる。この線虫に感染すると正常だった針葉が急激に色褪せ、やがて枯れてしまう。ゴルフ場などの松の葉先が茶色に変色しているのを見たことがあると思うが、1度感染すると止めることができず伐採、焼却するしか防ぐ方法はないといえる。
伊豆地区のあるゴルフ場だが、マツ枯れが1ホールで30本以上もあり、18ホール全体では数百本という被害になったことがある。なるべく早く伐採して焼却するのが望ましいが、木を切り倒すのには重機が必要だ。また、切り倒した木は産業廃棄物になり処理に費用がかかることから伐採作業は進んでいない。

大島コース、4番パー4
対策として農薬などの空中散布なども行われた時期もあったが、同時に他の昆虫なども死滅させることにもなり地域生態にとってさまざまな問題が生じたり、市民団体からの抗議もあり人里離れた地域にあるゴルフ場は別として、現在ではあまり行われていないようだ。
最初にマツ枯れが報告されたのは1905年長崎市で、14~15年頃には兵庫県まで被害は広がり、70年になると東北地方まで感染が確認されるようになった。長い間原因を突き止めることはできなかったが研究により65年にマツ材線虫が発見された。以後多くの対策が試行錯誤されてきたが決定的な駆除に至っていないのが現状だ。
かつて家庭では松の落ちた枝や落ち葉、松かさが燃料として使われ、同時に線虫も焼却されることから被害は少なかったとされるが、現在は家庭で薪を燃料として使わないことから被害も広範囲になったと考えられている。
このほか「ナラ枯れ」も多く生じている。「ナラ枯れ」とはナラ、シイ、カシなどのブナ科(どんぐりが成る木)の木をカシガキクイムシがナラ菌を媒介し木を枯らしてしまう現象で一気に拡大するため落葉樹の森が枯れてしまうことになり大木ほど被害が多いようだ。ゴルフ場でも形よく育った広葉樹の大木が丸ごと枯れてしまうこともあり景観が一変してしまう。
よく手入れのされた松林や、剪定されてまるで大きな盆栽のように型の良い赤松を眺めながらのプレーはいいものだが、害虫被害にあわないようにと常日頃努力をしているキーパーさんには本当に頭が下がる思いだ。
文・写真/吉川丈雄(特別編集委員)
1970年代からアジア、欧州、北米などのコースを取材。チョイス誌編集長も務めたコースやゴルフの歴史のスペシャリスト。現在、日本ゴルフコース設計者協会名誉協力会員としても活動中





