ゴルフダイジェストの定額制サービス「Myゴルフダイジェスト」から、編集部が厳選した「上達のヒント」や「ギア選びの極意」、「ツアープロのこぼれ話」を全7回にわたって特別にお届けする。普段は会員限定で公開されている有料コンテンツも、今回は特別に無料開放(一部を除く)。こたつに入りながらじっくりチェックしてみてほしい。いよいよ最終回となった第7回目は、元月刊ゴルフダイジェストの編集長で、現みんなのゴルフダイジェストおよびMyゴルフダイジェストの編集長の菊地智哉が、ゴルフのプロフェッショナルをゲストに迎え、ゲストが考えるゴルフの神髄を引き出すトーク番組「菊地智哉のもう1球お願いします!」を紹介! 決してゴルフをやれるような裕福な家庭ではなかった田中秀道プロ。強者が集まる強豪校の瀬戸内高校ではどんな練習をしていたのか?

「追い込まれたのが、逆に最高の環境だった!」

ゴルフをやれるような裕福な家庭環境ではなかった田中秀道。なんとかやりくりして、志望校だった広島のゴルフの名門・瀬戸内高校に入学できたものの……。

田中:お金がないもんですから、高校に入ったと同時にすぐに土日のキャディのアルバイトを始めました。(家は)学生寮に住むというか、(当時の僕の事情を理解してもらっていた)監督の家に住み込んでいましたね。そうやって上手くお金をやりくりしながら、ゴルフのことも考えていました。土日の「キャディのアルバイトの後の練習だけだと芝での練習量が少ないかな」とか、いろんなことを考えたうえで、「バンカーの練習くらいはしたい」と思ったんです。そこで今はだめかもしれないけど、公園の砂場に深夜1、2時くらいから夜明けまで練習した後、学校に行って寝て(笑)。そして、先生にしばかれることが多かったです。

菊地:(笑)。自主的にやっていたんですか?

田中:そうですね。当時の瀬戸内高校は強豪校でしたから、後輩を含めたレギュラー陣はみんな、練習できるメンバーコースを持っていたんです。そんな環境でしたから、ゴルフ部で練習を終えた後は自分のコーチのところに練習に行って、土日はゴルフ場でメンバーさんとラウンドする子が多かった。もちろん私にはそんな環境はありません。土日はゴルフ場でキャディをしているので、たまに後輩のキャディをやってることもありました(笑)。

菊地:(笑)。

田中:後輩が練習ラウンドしているなか、僕は彼のキャディをやっている。そう思ったら、夕方から夜中ぐらいは頑張らないと、追いつけないかなという思いがありました。いま思うと、最高な環境でしたけどね!

菊地:(笑)。負けず心というか?

田中:いい意味で追い込まれたというか、正直本当に最高の環境だったと思ってます。余裕そうな友人を見ると、一瞬「キー! 」となるんですけど、いやいや俺のほうが普通だと思って、「向こうが恵まれてるだけだ」と思うようにして、ギリギリこなしていたというようなメンタルですね。

本編動画はこちらから

「Myゴルフダイジェスト」上で公開中の動画本編では、田中秀道少年のゴルフとの出合いや、師匠・石井哲司プロとの関係性ついても深く語ってくれている。下記リンクからぜひチェックしてみてほしい。

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