日本ツアー通算18勝、23年連続シード権保持。そして2024年の全米シニアオープンでは単独2位という快挙を成し遂げた“中年の星”、藤田寛之。50代半ばにして海を渡り、2025年シーズンをアメリカで戦い抜いた鉄人が、帰国直後のスタジオに登場した。過酷な連戦を終え、さぞ疲弊しているかと思いきや、開口一番飛び出したのは「楽しかった!」という意外な言葉。しかし、その笑顔の裏には、自身の代名詞であるショット力が通用しないという、残酷な現実との戦いがあった。初めて尽くしの1年間、藤田寛之は何を見、何を感じたのか。

「選手ファースト」が徹底された夢の舞台

「終わってみれば一瞬。とにかく楽しかった」

藤田は2025年シーズンをそう振り返る。何がそこまで彼を魅了したのか。それはPGAツアーチャンピオンズが誇る、圧倒的なホスピタリティだ。

空港に着けばターンテーブルの前には専用カウンターがあり、ボランティアが待機している。名前の書かれたプレートと共にレンタカーが用意され、ストレスフリーでコースやホテルへ移動できる。さらに年金制度などのサポートも手厚い。「選手がゴルフに集中するための環境」が完璧に整えられており、その心地よさが、異国の地での戦いを支える大きな要因となっていたようだ。

「どっぷり浸かりたかった」テキサスでの生活

今回、藤田は日本とアメリカを往復するスタイルではなく、現地に拠点を構える決断をした。場所はテキサス州ダラス近郊のフリスコ(プロスパ)。盟友KJチョイの助言もあり、この地を選んだという。

「せっかくなら、アメリカにどっぷり浸かりたかった」

試合のない週(オープンウィーク)は、あえてスタッフとも部屋を分け、プライベートな時間を確保。スーパーへの買い出し、車の購入、そしてソーシャルセキュリティナンバー(社会保障番号)の取得……。ただの「遠征」ではなく、一人の生活者としてアメリカの地を踏みしめることで、藤田は新たな刺激を吸収していった。

笑顔の裏で……崩れ去った「アイアンの自信」

しかし、話がゴルフの内容に及ぶと、藤田の表情に影が差す。「お父さんお母さんに叱られるような成績表(スコア)だった」と自嘲気味に語るその理由は、自身の生命線であるアイアンショットの不振にあった。

かつての賞金王を支えた、あの正確無比なフェードボールが打てなくなっているのだという。

「ここ7〜8年、フェードせずに左へ行くボールが出だした。ショートアイアンならワンピン以内に着くのが当たり前だったのが、今はグリーンの反対側や難しいショートサイドに外してしまう」

アンダーパーが求められる米シニアの舞台で、バーディチャンスにつけられないジレンマ。動画内では、なぜ得意のフェードが打てなくなったのか、その感覚のズレと、現状をどう捉えているのかについて、藤田本人が赤裸々に語っている。

輝かしい舞台の裏側で、もがき続けた職人のリアルな言葉。その全貌は動画で確認してほしい。

▼藤田寛之が明かす、米シニアツアーの真実と技術的葛藤。続きは動画へ!


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