1970年代からアジア、欧州、北米などのコースを取材し、現在、日本ゴルフコース設計者協会名誉協力会員として活動する吉川丈雄が、ラウンド中に話題になる「ゴルフの知識」を綴るコラム。第59回目は、伝説的名手トミー・アーマーの生涯と、現代に続く「ブランド」としての価値について。

シルバースコットと呼ばれたプロ

画像: 「スコアを金で買えるとしたら、それはクラブだけである」という名言で有名なトミー・アーマー

「スコアを金で買えるとしたら、それはクラブだけである」という名言で有名なトミー・アーマー

トミー・アーマー(1896~1968)はスコットランドのエジンバラ生まれ。 本名はトーマス・ディクソン・アーマー。

高校卒後にエジンバラ大学で学ぶが、第1次世界大戦が勃発すると陸軍に入隊し機関銃兵として活躍。その後、戦車軍団の少佐に昇進し活躍したことからジョージ5世への謁見を許された。

1920年フランスアマに優勝。米国に渡りウォルター・ヘーゲンに出会うとウェストチェスターCCでの仕事を得た。同年パインハースト・フォール・プロアマに優勝。

24年にプロ転向。26~55年までフロリダの高級リゾート、ボカ・ラトンホテルのコースに所属し30分50ドルという高額なレッスン代を得るまでになったのは、27年全米オープン、30年全米プロ、31年全英オープンとメジャー競技を制覇し、誰もが認めるトッププロになったからだ。

画像: トミー・アーマーのドライバー連続写真

トミー・アーマーのドライバー連続写真

マグレガー社と契約を結び、クラブに「トミーアーマー」と刻印された商品が販売され、いずれも高品質であったことから売り上げは好調だった。

実際にはクラブをデザインしていなかったが、マグレガー社は名前を使うにあたりトミー・アーマーに“デザイナー”という肩書を与えたわけだ。

後年、マグレガーのクラブはウッド、アイアン、それにパターまで名器とされ、帝王ジャック・ニクラスを始め多くのツアープロがこぞって愛用し、日本でもジャンボ尾崎がマグレガーのドライバー、トミーアーマーのIMG5パターを使い大活躍したことなどから80年代にクラシッククラブブームとなった。

アーマーは当時としては珍しく大学に行っただけに教養もあり、クラシックのバイオリン二ストでもありお洒落でもあった。銀髪でその容姿から“シルバースコット”と呼ばれ親しまれた。

42年にアメリカに帰化したが祖国スコットランドを誇りに思い、自分のことをアメリカ風にmineとは言わず必ずmy oneと表現した。

■トミー・アーマー(1896-1968年)
トミー・アーマー(Thomas Dickson Armour)は、スコットランド生まれのプロゴルファー。PGA TOUR公式プロフィールでは、通算勝利数を25勝を記録。1920年にフランス・アマチュアを制し、1920年代前半にプロ転向、1927年全米オープン、1930年全米プロ、1931年全英オープンでメジャー3勝を挙げた 。ニックネームは「The Silver Scot」。

文・写真/吉川丈雄(特別編集委員)
1970年代からアジア、欧州、北米などのコースを取材。チョイス誌編集長も務めたコースやゴルフの歴史のスペシャリスト。現在、日本ゴルフコース設計者協会名誉協力会員としても活動中

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