
大内智文-Tomofumi Ouchi 1996年生まれで岐阜県出身。レイクグリーンゴルフ倶楽部所属
GD 優勝おめでとうございます。今の気持ちは?
大内 ありがとうございます。素直に嬉しい気持ちです。ゴルフ人生で2日間以上の競技で勝てたのが初めてだったので本当に嬉しいですね。でも試合中は2位以下との差もあったので、あまり実感することはなかったんですが、終わって車運転しながらじわじわと思いが大きくなってきて、運転しながら緊張していました(笑)。
GD 2024年に公傷制度を使っていますよね?
大内 はい。左手の腱鞘炎、と言っても正確な診断はなくて、いろんな病院にもいったんですけど、具体的な病名だったり原因はわからなかったんです。丸3カ月くらいはクラブも握れませんでした。
GD 今まだ、その痛みはあるんですか?
大内 痛みはないんですけど、はっきりした原因がわからなかったので、様子を見ながらという感じではあります。ただ、25年4月に行った整体が良くて、そこに行ってからは怪我に対する心配がなくなったというか、本当に痛みが消えてよくなりました。
GD 過去に勝てそうで勝てないことが多かったと思いますが、公傷期間を経て何か変わったことはありますか?
大内 去年の冬からコーチをつけてスウィング自体も変えているんですが、以前は上から刺すようなハードパンチャーだったんですけど、なだらかにレベルブローで打つようにしました。手のことも考えての改良ですが、それが上手くいっている部分はあると思います。調子の波が小さくなったと感じています。
GD ゴルフを始めたキッカケを教えてください。
大内 小学校の4年生で、きっかけは兄が先にやっていたんですけど、坂田塾に入ってたんです。それで強制的に入れられました。
GD 強制的?(笑)
大内 ちょっと子供の頃は素行が悪くて。それで親も教育の意味も含めて坂田塾に入れたんだと思うんです。でも素行が悪すぎてクビになったんです。
GD じゃあ、一回ゴルフから離れたということなんですね。
大内 そうですね。でも、もともとゴルフはそんなに好きじゃなかったんです。やる気もなかったんで。野球とかバスケとかもやりたかったんですけど、すでにチームも出来上がっていて、入りにくかったので何もやっていませんでした。でも、中学2年生の頃だったと思うんですけど、またゴルフを始めました。
GD あまり好きじゃなかったゴルフをなぜまた始めることになったんですか。
大内 やることがなかったっていうのもあるんですが、高校や大学へ推薦で行けると聞いて、いやいややっていました。
GD では、高校も大学もゴルフ推薦でいったんですか?
大内 そうですね。でも本当にプロになろうって思っていなかったんです。あ、思い出しましたけど、この間、高校の時に授業で書いた30歳の自分に宛てる手紙が届いたんです。それを読んだら、将来の夢に「ゴルフのインストラクター」って書いてあったんです。やっぱりそもそもプロを目指してなかったんだなと思い出しました。それに年収300万円が目標って書いていて、もっと高みを目指せよって突っ込んじゃいました。
GD その上でプロを目指したのはどうしてだったんでしょう。
大内 大学でもダラダラやっていたんですけど、大学の時に東海(クラシック)で今野大喜のキャディをやって、その関係で知り合った方に「頑張れ」と面倒を見てもらうようになって。心の中ではプロになるつもりはなかったんですが、応援してくれている気持ちも嬉しかったので、ちゃんとやろうかなと思って。大学の2年生くらいから、それまでの自分では考えられないくらい練習しました。
GD 次の目標を教えてください。
大内 そのお世話になった人に言われたんですけど「ゴルファーなんて100かゼロなんだから優勝狙って行け」って言われていたので、次はレギュラーツアーでの優勝を早い段階で達成したいと思います。
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これまで、勝てそうで勝てない試合を何度も経験してきた大内選手。実際、本人は「意識していない」と言いつつも、ラウンド中に「今回も勝てないのかな」という不安が頭をよぎることはあったと振り返る。勝ち方を知ったというにはまだ早いかもしれないが、もともと攻撃的なゴルフでスコアも出せる選手なだけに、今回の優勝がただの1勝ではなく計り知れない自信につながることは間違いない。今季、化けるかもしれない大内選手のプレーにこのあとも注目したい。
文/出島正登


