内面の情熱を表すような鮮やかなオレンジ色のシャツ、帽子に収まりきらないカーリーヘア。母国のヒーロー、ジョン・ラームを凌ぐかもしれないといわれるチャカラは、ウィニングパットを沈めると両拳を握り締め右腕を天高く振り上げてガッツポーズ。日没サスペンデッドが続いた大会で「3日間朝4時起きで疲れた」といいながら「粘り強くプレーできたことを誇りに思います」と胸を張った。

ウィニングパットを沈めガッツポーズを決めるエウヘニオ・チャカラ
試合後のインタビューでは「この勝利を10日前に他界した祖父に捧げます。ゴルフに導いてくれた祖父のためにも絶対に勝ちたかった」と語り涙ぐむシーンも。
リッキー・ファウラーの出身校オクラホマ州立大学在学中から将来を嘱望される存在だった。アマチュア世界ランキングは2位まで行ったが卒業後彼は意外な選択をする。PGAツアーではなくLIVゴルフでプレーすることを決断したのだ。当時彼はプロデビューしていきなりLIVへ行った選手として話題になった。
22年のデビューイヤーには早々にバンコク大会で優勝を飾ったが25年にLIVを離脱。その直後に主催者推薦で出場したヒーロー・インディアン・オープンで優勝を収め、DPワールドツアー本格参戦を果たす。
そして今季6月に2勝を挙げ、今回初優勝の地インドで3勝目を挙げた。前週足の指を骨折しながら強行出場した母国のナショナルオープン(スペインオープン)で2位タイに入ると、その大会で予選落ちしたリードとの差を詰め遂に逆転。ライダーカップのポイントランクも1位に浮上し「キャプテン推薦ではなく(自動出場枠)6つのうち1つに入って来年のライダーカップに自力で出る(初出場)ことが目標です。そのために努力を続け勝ち続けます」と宣言した。
LIV時代はセルヒオ・ガルシア率いる「ファイヤーボールズ」に所属していたチャカラ。LIVを離脱してからの軌跡は離脱組のなかでもっともスムーズなキャリアを歩んでいるように見える。
そんな彼はLIVを去る際『Today’s Golfer誌』のインタビューで、自身が抱いていた幻想について包み隠さず本音を打ち明けている。
「LIVで過ごした日々は人生で素晴らしい時期だったと思っています。多くのことを学び偉大な選手たちと一緒にプレーすることできました。でも別の経験もしたかった。もっと多くのトーナメントに出て毎週予選通過を懸けて戦い、目標に向かって競い合いたかったのです」
今後は「子供の頃からの夢だったPGAツアーの出場権を獲得したい」と語っていたが、年間王者にならなくてもポイントランクトップ10の資格で来季は念願のPGAツアー参戦が叶う。チャカラの未来は無限に広がっている。
写真/Getty Images
【動画】チャカラが最終日上がり3ホールで見せた各ショット【DPワールドツアー公式X】
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