一年前よりお尻が一回り大きくなった
厳しい米ツアーで揉まれて来た遼くんも26歳。15歳で最年少ツアー優勝を果たしたのは2007年、今から10年前のことです。翌2008年にプロ転向し、最年少獲得賞金1億円突破、2009年には最年少で世界ランキング47位に入るなど数々の最年少記録を塗り替えてきました。
2013年からは本格的に米ツアーに参戦も、腰の怪我などもあり近年は成績が低迷。ついに、2017-2018シーズンのシード権を失うという結果になったのは、みなさんご存知の通り。しかし、今回日本オープンの練習ラウンドを取材して、私はこう思いました。
石川遼は死んでいない。
あまりにも順風満帆であった船出から10年の時を経て、荒狂った海を今まさに乗り越えようとしているように感じました。
遼くんを見るのは1年前、2016年の「日本オープン」以来ですが、そのときよりもお尻が一回り大きくなっていました。しなやかで体重移動を使って打つイメージがありましたが、しっかりとした体幹を使い、ビシッとフィニッシュを決めるスウィングにチェンジ。ドライバーショットは曲がることを恐れずに振り抜き、アイアンは高く糸を引くような弾道でグリーンをとらえていました。
伊澤利光の“甥”をキャディに起用
キャディは伊澤利光プロの甥で、同学年の伊澤秀憲プロに依頼。ラウンド中も練習場でも石川から技術的な会話を話しかける光景が見られました。自分に足りないものや、感覚的部分を身振り手振りを織り交ぜて言葉にし、お互いに理解し合う姿は、これからの石川遼をもっと見てみたいと感じさせてくれました。
「今までで一番ヘッドスピードが上がっているんですよ」(石川)と言いつつ練習場で打ち始めると、トラックマンの数値は52m/s。隣にいた飛ばし屋の永野竜太郎も「遼、ヘッドスピード速くなってるな!」と驚きを隠せない様子です。
左足を大きく上げる一本足打法のような素振りをしながら、ヘッドスピードをしっかり上げて打ち続ける姿からは、腰や体の心配はなさそうに思えます。やはり腰回りや背中の筋肉がしっかりとついてきたおかげで、故障からも解き放たれ、“振れる”ようになっているようです。
ただ、気になるところがないわけではありません。2017年の「全米オープン」を現地取材した限り、世界のトップランカーたちは500ヤード級の距離の長いパー4でも、セカンドショットを8番や9番アイアンでピンポイントで狙ってきます。しかも、ティショットでいわゆる“マン振り”せずにです。
タフなコースセッティングをねじ伏せるその姿は、ビッグボディで排気量の大きいアメリカ車のようでした。それに対して石川遼は最近流行りのダウンサイジングターボのように思えます。ラフからフルパワーで打ったセカンドショットの後のアプローチが出力調整が難しくミスしやすいように、目一杯振って300ヤードを打った場合と余裕を持った300ヤードでは、距離を合わせるアイアンショットを打つときに違いが出ます。
もちろん本人はかなりのトレーニングを積んでいることと思いますが、スポーツ選手は故障しないのも実力のうち。体力強化はぜひ続けてほしいと感じました。排気量アップこそが、世界に再挑戦するための近道だと思います。
2017年の「日本女子オープン」の会場で、畑岡奈紗プロのお父さんが話していた言葉を思い出します。「ジャンプするには一度沈み込まないと飛び上がれない、とジュニアゴルファーの子を持つ仲間から言われた言葉が忘れられません」と。石川遼は、まだまだ26歳。今は高く飛ぶための準備の時期。近い将来、必ず世界で活躍する姿を見せてくれるでしょう。