神の手を持つこの道30年のベテラン
2017年9月のゴルフ5レディスでウェイティングから出場し優勝を果たしたO・サタヤの使用する「ループ」を展開する下町のシャフトメーカー「シンカグラファイト」。設立4年と比較的新しいシャフトメーカーではあるが、実際にシャフトを製作する職人はこの道30年を超すベテランの橋本昌枝さん。3年前から縁あってシンカグラファイトでシャフト製造をすることになったという。
ヒーターと4台の加湿器は全開で、温度と湿度の管理された作業部屋に入ると、ゴルフのカーボンシャフトを作っている人のイメージとはおよそかけ離れた品のよい女性が、迎えてくれた。
「もともと務めていた会社でゴルフのシャフトを作り始めた時に、私が担当に任命されました。独学で研究を重ね、あるときシャフト製作のキモみたいなものにたどり着いたんです。それ以来、私の作るシャフトを評価していただき、あっという間に30年経ってしまいました」(橋本)
橋本さんの担当は設計と巻き。設計では求められるシャフトの特性によって、素材選びと素材の裁断のしかた、巻き方を決める。どの部分にどれくらい巻くかがシャフトの性能を決めるが、橋本さんの頭の中にはシャフト作りのすべてのノウハウがつまっていて、まるで料理を作るように、素材をかけ合わせることで独自の特性を持った飛距離の出るシャフトを生み出しているという。その膨大なデータはノート何冊分にも詳細に記録されていて、新たな一本を作るレシピになっている。
シャフトを巻きつける特注の芯棒、シートを重ね合わせる量や向きなど、シャフトの性能を決める重要な作業を職人技でいとも簡単に巻き付け一本のシャフトに作り上げるところは、さすがにこの道30年の職人技。
「飛んだよ、と聞くのが一番の喜びなの」と橋本さん。テスターからの率直なインプレッションを聞き、すぐに頭の中で設計をし直す。重心距離、重心深度、重心の高さ、ヘッド体積、内部ウェートの位置などで、シャフトの挙動も変わってくる。ヘッドの持つ特性、ゴルファーのスウィングの持つ特性に合うシャフトを設計し素材を組み合わせ、飛距離アップに結び付けること、そのシャフトをこの手で30年作り続けている橋本さん。なんと、ゴルフ経験はないというから驚き!
「それがかえって良かったんじゃないかと思っています」(橋本さん)
プレーヤーではないからこそ、客観的にシャフトの設計ができる。スウィングしなくても、指先でしなりをイメージできるというわけだ。まさに“神の手”。
もう一人の職人は検品の鬼
シャフト製造の工程は、設計に従って素材を選び、裁断、カーボンシートを芯棒に巻く、均一にテープを巻くテーピング、釜で硬化させる、テープをはがしたあと研磨の工程を経て検品へと進む。
そして検品を担当するのは、橋本さんとペアを組んで同じく30年の高橋佐一さん。神の手を持つ橋本さんがカーボンンシートを巻いても、製品のエラーは出てしまうもの。品質を維持するために検品は欠かせない。しかし高橋さんのあまりにも厳しい検品基準に会社の上層部も頭を抱えることもあるんだとか。
「シャフトを回転させながら4方向から硬度を図ります。その中で一番硬度の高い面に印をつけ塗装にまわします。その面を合わせてシャフトを組むことで設計した通りのヘッドの挙動になるように調整しています。シャフト作りはどうしても様々な素材を重ね合わせて硬化させるので、製品エラーが出ます。設計された通りの性能を持っているか、真っすぐで均一か。会社としたら、ロスなく出荷できるほうがいいのはわかっていますが、品質を管理する上で妥協は許されませんから」(高橋)
そうして生み出されるシャフトが「LOOP」(ループ)だ。ゴルフ工房向けのシャフトで地クラブヘッドと組み合わされることが多かったが、最近では大手メーカーのヘッドに合わせたラインナップも増やしてきた。そのシャフトの特徴はしなり戻りのスピードが速く、ボール初速を上げ飛距離を伸ばすという。
下の画像は「ループ」のシャフトを使って優勝したO・サタヤからの感謝のハガキ。「自分たちの作ったシャフトで優勝してくれて、本当に嬉しい。妥協せずにこだわって作ってきた職人名利に尽きるというものです」と、橋本さん、高橋さんは口を揃える。
ノート何冊分にも及ぶ詳細なデータをもとに、30年以上培ってきた技術で1ヤードでも遠くに飛ぶシャフトを作る職人魂。橋本さん、高橋さんの仕事ぶりは、「シャフトで飛距離が変わる」ということを納得させてくれるものだった。