ゴルフ修行に江戸へ行こうか
江戸の町と今日のゴルフ場にはまったくよく似たところがあります。
江戸はニューヨークやパリを越える100万都市でした。町は人でいっぱいでした。一組遅い組がいると後ろが滞る今日のゴルフ場と同じでした。
3代続く根っからの江戸っ子はほんの一握りで、ほとんどは地方から上ってきた、俗にいうイナカモン、江戸暮らしのビギナーでした。江戸の粋はもちろん暮らしの作法は付け焼刃の域で、血に流れているという本物ではありません。
3代前からのゴルファーで幼い頃からゴルフの精神を叩き込まれた人などは、まったく稀で、ほとんどはゴルフコースにやって来た1代目かビギナーです。ゴルフのイナカモンなのです。それが人によって回を追うほどに洗練されていくわけですが。
江戸の町人たちは一端の江戸っ子と見られないと喰っていけませんでしたから、懸命に江戸の言葉を覚え、江戸の者としての立ち居振る舞いに努めました。しかし、付け焼刃はすぐに地が出ます。そこで先輩たちが口伝えで暮らしの作法を広めました。それが江戸仕草と言われるもので、200項目ほどあったと言われています。
たとえば、渡しの乗り合いの船での「拳一つ」「腰浮かせ」。これはこういうことです。満席で出ようとしたところへ土手に客が1人現れる。みんなですぐに腰を浮かせ、拳一つずつ詰め合います。すると、1人分の席など訳なく都合できる。そうしないと親切にならない、というよりも、そうしないと船が遅れ、自分が早くあちらへ渡れないという損得なのです。
ゴルフで言えば、オナーから順々にショットし、あとは互いにショットとショットの間を詰めていけば、ラウンド時間など訳なく縮まるというもの。
狭い路地で人とすれ違うときは「肩引き」、雨の日なら「傘傾げ」。そうしないと、ぶつかって自分が痛い、傘が破れて損をする。
ゴルフで言えば、ティインググラウンド上は次に打つプレーヤー1人だけというマナーに通じます。コンペの朝のようにみんなで上がって素振りをしあう乱暴。危険は自分に降りかかります。
借りた金は返せるが、人は待たせたり長居で潰した時間は弁済できないぞという戒めが「時間泥棒」です。スロープレーがまさに時間泥棒です。
どこからともなく飛んで来て餌を喰って飛び去る「むくどり」。挨拶知らずのことを言います。隣のホールからボールを探しに入ってくる猿もどきがこれです。
もう一つ、「世間様」。キリスト教での絶対者は神様ですが、江戸の社会ではそのコミュニティの目が絶対者でした。ゴルフコースではそこのメンバーたち、今日そこでプレーする人たちが世間様です。
というような江戸仕草は、その目的とするところが町内の平穏と1人1人の得にありました。そのため、江戸繁盛仕草とも言われて伝えられてきました。ゴルフマナーはゴルフ快適仕草なのです。
初対面ながらまたぜひ会いたいと思われる温かい心遣いや清々しい行いを「後引き仕草」と言いました。後引きゴルフをしたいものです。
「ゴルファーのスピリット」(ゴルフダイジェスト新書)より
写真/有原裕晶