新人ゴルファーに、ゴルフ場でのマナーを教えるのはいったい誰の役目だろう? ゴルフマナー研究家・鈴木康之の著書「ゴルファーのスピリット」から、伝説のゴルファーのやり方を見てみよう。

「コラ、君」は先輩の役目である

コワイ年寄りがいた、という話はゴルフ場にかぎらず日本の社会全体で昔話になってしまった感があります。

日本ゴルフ史に「日本アマ初の日本人チャンピオン」としてその名を刻まれている保土ヶ谷カントリー倶楽部の井上信さんは、もう一つ「エチケットの鬼軍曹」の肩書きでも今日に伝えられています。クラブハウスから望遠鏡でチェックしていて、上がってくるメンバーに「君はもっときびきび歩きたまえ」などとだれかれ構わず叱責を飛ばしたと言います。

望遠鏡を覗く井上さんの姿がないので安心してスタートした人が、隣の隣のホールから「おーい、君の今の態度はいったいなんだ」とカミナリを落とされたこともあるとか。その人が財界の大物であろうとお構いなし。元お殿様系の多い駒沢(東京ゴルフ倶楽部)と違って、程ヶ谷ではみんな同格だ、そういう意識が井上さんの中で強く働いたからだと伝えられています。

さて、言われたほうの駒沢の人、細川護貞さんの話ですが、元理事長であり元JGAの会長でもあった二十数年前、ある対談で気になることをおっしゃっていました。そのとき細川さんは73歳。

かいつまんでご紹介しますと、「最近はずいぶんマナーの悪い人がいて困るんですが、言うと怒る。だいたいにおいて70歳以上の人に多い。役職についてからゴルフを始めたから、注意されることなしに来た人たちなんです。わたくしなんかが注意すると、若いもんが何を言うかっていう顔が返ってきます。それでわたくしは、我慢を決め込みましてね、黙って70歳になるのを待ったんです」

画像: マナーを注意するのはゴルフにおいて先輩の役目である

マナーを注意するのはゴルフにおいて先輩の役目である

一番マナーが悪いのは70歳代、良くするようひとつ一緒に心がけましょう、と呼びかける戦法をとったというのです。穏やかなお人柄ゆえでもあるのでしょうが、細川さんにしてそうなのかと、そのとき40代後半だった私は、70歳までとは先が長いこっちゃなぁと思ったものでした。

バンカーの靴跡を足で蹴散らかしてごまかした人を見ても、長幼の序というものが邪魔し咄嗟に声が出ません。私より若い人であっても、自尊心を傷つけてはいけないと余計な配慮が働きます。

注意、忠告にそんな気弱が働いたら湿ってしまって、言われたほうがただ不快に思うだけ。井上信流のスパッと切れる「オイコラ!」でないと、あとに嫌な傷が残る。とは分かっていながら、それがなかなかできません。

そろそろ細川さんが待ったという歳。しかし鏡の中には、昔なら軍人髭をたくわえた険相の男がいるはずなのに、威厳のかけらもない薄っぺらな貧相が一枚。

「マナーについてやかましくいう人がいないと良い倶楽部の基礎を築くことが出来なかったのだ」とは井上さんの晩年の述懐です。そして米国のゴルフ倶楽部の経験者として「ゴルフでは先輩格。そうしたことに気を配る役に回ったわけだ」と。

叱り方教室に入って特訓を受けようかなと本気で思う昨今です。どなたかご一緒にいかがですか。

「ゴルファーのスピリット」(ゴルフダイジェスト新書)より

写真/三木崇徳

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