自分のショットが人に当たってしまいそうになった、あるいは自分の目の前をボールがかすめていった、という経験をしたことはあるだろうか。打ち出されたボールは凶器にもなり得るもの。安全にラウンドを終えるために大切なことを、マナー研究家・鈴木康之の著書「ゴルファーのスピリット」からご紹介。

前に出るな、前にいたら打つな

忘れもしません、ミュアフィールドとR・マッセルバラの間にあるキルスピンディというリンクスでした。折り返してインに入ったホールで私がドライバーショットをした時、ワイフは右側かなり前方のレディスティに向かっていました。ボールは低くプッシュアウト。ワイフの頭上二メートルを抜けました。

「フォアー」の絶叫とともに私は凍りつきました。そこから数ホールは動悸が鎮まらず、クラブを握れませんでした。クラブハウスから一番離れていました。今頃はコースの脇の民家に走り、狂ったようにドアを叩いていたかも、と恐ろしい事態を想像しながら、手引きカートを引くだけで精一杯でした。ワイフはせっせと打っていましたが。

これの逆で、人の球が私をかすめたこともあります。人の斜め前七、八メートルのところでグリーン方向を向いて立っていたら、フェアウェイウッドでまさかのドシャンク。目の前をシュッと音が走り、帽子のヒサシの先っちょを擦りました。いま思い出しても左のこめかみが痛くなります。

三十数年間のゴルフで二度の恐怖体験。いやもう二度で十分です。

Aさんは、以前、取引先の懇親ゴルフで人に当てました。相手はよりによって、(そして幸か不幸か)取引先の専務でした。

球が当たったのは、その方の右手ひじの外側で、ご本人は「大したことはない。プレーを続けよう」と言いましたが、キャディが止めに入りました。すぐに氷を袋に入れて持ってきてくれて、当たったところをアイシングしました。案の定、患部は青くなり、腫れてきました。

Aさんは当然プレーを中止して、その方の介護に当たろうとしました。ところがその方は言ったそうです、「不用意に前に出た自分が全面的に悪い。あと二ホールなのだからぜひプレーを続けてホールアウトしてください」と。

なんとかプレーに戻りましたが、ボールに集中できません。こんな時、ナイスショットができるわけがありません。なまじナイスショットが出たら具合が悪いだけです。Aさんはキャディ・マスター室に報告し、簡易ながら文書にしたものを相互に確認しあいました。当然治療費の支払いなどを申し出ましたが、固辞する方でした。

私は数十行前に(そして幸か不幸か)と書きました。怪我させたことはもちろん不幸、取引先の専務とは相手が最悪です。しかし、その方が「不用意に前に出た自分が全面的に悪い」とゴルフ・エチケットをきっちり弁えている人であったことは、本当に幸いでした。

そうです。人が打つ時は人の前に出てはいけません。そして、人が前にいたら打ってはいけません。退いてもらうことです。もし前方に進んでいたら、木陰でも物陰でもいい、できるかぎり身を隠してもらうことです。

画像: 前方に人がいるか確認してからボールを打とう

前方に人がいるか確認してからボールを打とう

後日、お見舞いの頃合いとなりました。Aさんはまずお見舞いの電話を入れました。電話の向こうからは「あの三日後にプレーしたら、いい成績でしたよ」と笑いが返ってきました。

その方はいま社長になっていて、Aさんと時々ゴルフをご一緒するそうです。

「ゴルファーのスピリット」(ゴルフダイジェスト新書)より。一部改変

撮影/増田保雄

※2018年7月30日11時40分 一部文章を修正いたしました

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