2007年大会で各選手のドライバーショットを定点観測した6番ホール
いよいよ世界最古のメジャー競技「全英オープン」が始まったが、今年の会場であるカーヌスティゴルフリンクスと聞くと私には思い出すことがある。それは前回2007年大会へ取材に赴いたときのことだ。
当時は2008年のルール改正を控えていた時期。ゴルフ界がいわゆる高反発規制(SLEルール)の本格施行を翌年に控え揺れていた時だった。私は「全英オープン」が終了した翌週にセントアンドリュースのR&Aに行き、ゼネラルルールを統括するデビッド・リックマン氏にインタビューすることになっていた。目的は“なぜ、高反発規制を行うのか?”を問うことだった。そのインタビューの材料としてカーヌスティで世界のトップアスリートの“問題”の飛距離をつぶさに観察しておくことはとても重要と考え、「全英オープン」でもそれを念頭において取材活動を組み立てていた。
2007年大会の時、多くの選手がティショットでドライバーを使うホールはとても限られており、ドライバーの飛距離を見るなら6番(パー5)か、10番(パー4)という感じだった。そこでやや打ち下ろし感じになる6番で、セカンドショット地点脇のロープサイドに陣取り、朝から日暮れまでひたすら選手のボールのキャリーしたポイント、転がり止まったポイントをホール図にトレースしていくことにしたのだ。
このホールは、フェアウェイに2つのバンカーが口を開けている特徴的なホール。仮にほとんどの選手がこのバンカーを関係なく一打で越していったならば、やはり飛びすぎだと問題視されるのではないか? そう思った。ハザードが利かない状況なら、世界最古のメジャーが開催される名コースの“設計の妙”が飛距離によって損なわれることになる。それは由々しき事態だと捉えられるにちがいない、と思ったのだ。
実際、100名以上のティショットをプロットした結果、そのほとんどがキャリーでバンカーを越え、名門コースのハザードは全く意味がないように感じられた。これを元に、翌週のインタビューではこう聞こうと決めた。「ハザードが意味をなさないこの状況。だから、飛びすぎを規制するのでしょう?」と。大会2日目、時折小雨が降る曇天の1日だった。
大きな飛びが優位になるとは限らない、ゴルフ発祥のリンクス
2007年大会は、ユーティリティクラブを駆使しカーヌスティを攻め切ったパドレイグ・ハリントンが優勝し、閉幕した。翌火曜日にいよいよR&Aでルールの責任者にインタビュー。なぜ、高反発規制をするのか? のっけから例のドライバーのショットプロットデータを示して、“だから問題なのでしょう?”と詰め寄ってみた。しかし、リックマン氏は涼しい顔で返してきた。
「これは2日目ですね。では、3日目は観察してみましたか?」。さすがに毎日同じポイントに居続けることはできないので、見ていないと答えると、リックマン氏は持参した資料から3日目の打球集積データを抜き出してこういった。
「我々も同じことを毎日行っていました。あなたの隣りでやっていたから知っているでしょう?(笑) 確かに2日目はフェアウェイバンカーを越える選手が多かったですね。でも、3日目はほとんどの選手がバンカーを越えることはなかったのです。なぜなら、2日目は追い風、3日目は向かい風だったからです。天候がめまぐるしく変わるスコットランドではこうしたことは珍しいことではありません。ボールがとてもよく飛ぶ日もあれば、ひどく飛ばない日もあるのです。だから、1日の結果をもって“飛びすぎ”と我々が問題にすることはないのです」
1日の中に四季があるといわれるスコティッシュ・ウェザー。気候が安定している日本や米国とは、飛距離に対する考え方や向き合い方がそもそも違うのだと思った。遠くに飛ばしたってどうにもならない環境。こうした中でプレーしていれば、おそらく道具に対する関心や依存心も薄くなるのではないか? そう思った。そうであるならゴルフ発祥の地とされながら、大手のゴルフメーカーがひとつも育っていないイギリスの現状が理解できる。スコアメイクは飛ばしよりも天候に左右される。それが本場リンクスコースでのゴルフなのだ。
さて、2018年の「全英オープン」はどうなるだろうか? 天候が穏やかならば、さらに進化した飛びが名門コースの設計を無にするだろう。個人的にはそれではつまらない、と少し思う。飛ばすほど、ボールは風に弄ばれ、窮地に立たされることもある。そんなゴルフを観られるのが、世界最古のメジャー「全英オープン」だと思うからだ。テレビ中継でどれほど映るかはわからないが、6番ホールのティショットに注目し、11年前との飛距離比較もできならいいな、と思う。