初心者の頃は、マナーもなにもわからないもの。経験者から教わるのも大切だが、本当に大切なのは「自分で考える」ことだった。ゴルフマナー研究家・鈴木康之の著書「ゴルファーのスピリット」からゴルフマナーの師匠とのエピソードを紹介。

考えれば分かる 見れば分かる

テイショットを厄介な崖下へ落としました。私は四人目のティショットが終わるのを待って、長短二本のクラブを持ち、現場に向かってバタバタと駆け出しました。すると「走っちゃだめっ」と叱責の声が飛んできました。

球探しで進行が遅れてはいけないと、私としてはミスした者としての気を働かせてのことでした。「早く行ってボール探そうと思いまして」と説明すると「バタバタ駈けなくたって急げるでしょうが」

駈けずに急げ、との仰せです。私はやむなく、そしてすぐに速足という方法に気づきました。気づいてみれば簡単でした。速足で十分でした。背後からみんなに話しているAさんの声が聞こえてきました。

「駆け出すと慌ただしくっていけないわよ。ゴルフ場って静かなところなのよ」

画像: 自分以外のボールの行方を確認するのもマナーの一つ

自分以外のボールの行方を確認するのもマナーの一つ

ゴルフマナーの師匠、と私が一方的に思っているAさんが、マナーの具体的な方法やその訳を説明してくれたのはこの一つだけだったように思えます。この一件でも「速足で」とはおしえてくれなかった。バタバタ駈けずに急ぐ方法はその頭で考えなさい、という言い方でした。

Aさんは大手家電メーカーの宣伝部から独立、CMの会社を興しました。

ご自分のコースへ筆下ろししたばかりの私たち後輩を毎月連れていってくれました。無闇に愛想笑いをしない、ずばずばものを言うコワイ先輩でしたがそれなのに二人の可愛いお嬢さんがいたせいでしょうか、語尾に女言葉をつける話の仕方が可笑しかった。

「除夜の鐘」が自称他称の愛称でした。スコアがたいてい百八つになるからでした。百六つなら上機嫌。そういう人ですから、スウィングについては教えようとしないし、こちらも教わろうと思わない。私たちビギナーのスコアメークのきりきり舞いを「ばっかねぇ」と笑うだけでした。

しかし、よく叱りました。いちいち叱りました。誰かが「キャディさん、何ヤード」など聞こうものなら我慢ならなくて「見たら分かるでしょ。あんた目ないのっ」と一喝されました。バンカーに下りると「あんた、いまどこから入ったのっ」グリーン上で下手に動き回ると「なにしているのっ」クラブをどうかすると「あぁあぁ、そんなことしてっ」と睨まれました。

口惜しくて書きとめ、うなずきながら書きつけていったノートが一杯になり、それが十年ほど後に拙著『ピーターたちのゴルフマナー』になりました。

教えない最高のゴルフマナーの師匠でした。天国からの声が「こんな本、書いちゃって、あんた、だめねぇ」と言っているようでなりません。

「ゴルファーのスピリット」(ゴルフダイジェスト新書)より。

撮影/有原裕晶

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