ゴルフマナー研究家の鈴木康之は、ボールはもちろんゴルフクラブやゴルフ用具にも識別マークは必要だと話す。それは一体なぜなのか? 自身の著書「ゴルファーのスピリット」からゴルフ場でのエピソードを紹介。

自分のものには印をつけないと

ゲームを終えてロッカールームへ向かっていると「先ほど浴室から靴を履き間違えて出れられた方がいらっしゃいます。お確かめになって浴室へお戻りください。」という館内放送が聞こえました。浴室へ行くと、入口で「よく似ちゃいるけど、こんなにきつくないんだよな」と、何度も訴えてうんざり気味らしい高齢者と、複雑な面持ちの係のおじさんがいました。

間違えた人が十九番ホールで宴もたけなわ状態になっていると足の違和感にはしばらく気づかないかもしれません。せっかちな人ならもう車に乗ってしまっているかも。係のおじさんの表情を深読みすると、風呂に浸かって足がむくんだんじゃないですか、と言いたげにも見えます。笑っては悪いのですが、これからの時代ますます多くなるであろう老人劇の一幕、いや、他人事ではありません。

この一件、間違えられた人も間違えた人も、クラブハウス内での要領に間違いがありました。「浴室にはスリッパで」が作法です。ロッカールームにそう貼り紙してあるところが少なくありません。履き間違えがよく起こるからです。学童たちのズックではあるまいし、大人の靴には名前がない。しかし似た靴は多い。だから「浴室にはスリッパで」なのです。

名前か自分の印をつけなければならない代表的なゴルフ用具がボールです。私は十数年前から雑誌などで呼びかけてきましたが反響がなくて淋しいものでした。最近はマーカーペンで印をつけている人がだいぶ増えてきました。正しいプレー方法を実践するおしゃれなゴルファーが増えて結構なことです。ダース買いでオウンネームを入れて使っている人もいます。

画像: 箱から出したままの状態では誰のボールかわからない。マーカーなどで印をつけておこう

箱から出したままの状態では誰のボールかわからない。マーカーなどで印をつけておこう

ボールは量販品です。ラフで見つかったボールに識別のない場合、ブランドも番号もそうだからといっても、厳密には、それが自救であるとはいえません。ロストボールか隣のホールからのものかもしれず、あなたのボールは草の中にあるかも、と言われたらそれまでです。

普段は便利な性善説で済ませているだけのこと。草の中からもう一つ同じブランドの同じ数字のボールが出てきた時、性善説はいとも簡単に崩れ、さあどっちだどっちだの悩ましい審判劇の始まりです。

マーカーペンでちょんとひと描き、印をつける、たったそれだけのことで、ゴルフ規則12-2「各プレーヤーは自分の球に識別マークを付けておくべきである」に適合した堂々としたボールとなります。

クラブにも識別マークが必要です。ドライバーからパターまで同一ブランドで揃えている人は希。多くの人はウェッジなどはバラで買っているでしょう。カートで同名クラブが並ぶことは珍しくありません。キャディーさんが間違えても無理はありません。ネックやヘッドの裏側に何かで印をつけている気の利くゴルファーがいます。間違いなくキャディーに好かれるゴルファーです。

さて、お風呂からでると、履き間違いの主はついに現れなかったようです。間違われた人はスリッパでは食堂にも行けず、電車にも乗れず、背広の上下にコンビのスパイクシューズを履いて帰って行ったそうです。

「ゴルファーのスピリット」(ゴルフダイジェスト新書)より

撮影/増田 保雄

 

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