プレーヤーとパートナーが二人一組でプレーする視覚障害者のゴルフ。そこには、ゴルファーすべてが学びたいマナーの真髄があった。ゴルフマナー研究家・鈴木康之の著書「ゴルファーのスピリット」から全盲のゴルファーとのエピソードを紹介。

少ないほどよし グリーン上の歩数

初対面のAさんと話が弾んで「こんどゴルフしましょう」と約束はしたものの、さて、その日に備えてたくさんの勉強をしなければならなくなりました。

なぜなら、Aさんは全盲です。ゴルフ大好き、しかも『ピーターたちのゴルフマナー(編注:鈴木康之氏の著書)』の感動的なまでの良き読者なのです。「聴いてください」と小型のテープレコーダーのボタンを押しました。

爽やかな女性の声が、拙著の扉ページのタイトルから始まって、本文を読みあげていきます。朗読ボランティアの方なのだそうです。九十分テープ四本に拙著二八〇ページが収まっています。「これをコピーして仲間たちに配りたいのですが」というお尋ねのためのわざわざのお越しでした。私の返事は「どうぞどうぞ」です、ビジネスがからまないかぎり「ご遠慮なく役立ててください」

Aさんたちは、視覚障害のスポーツとレクリエーション活動による生活の質的向上を目指し、社会参加をさらに活発にしていこうという趣旨で、「盲人自身による盲人自身のための主体的なゴルフ組織」として一九九四年に現在の日本視覚障害ゴルファーズ協会(VIG)の前身を発足させました。

Aさんたちのゴルフは、プレーヤー一人に晴眼者ボランティアのパートナー一人が必要です。上り下りだらけのゴルフコース内の誘導から、クラブヘッドのセット、距離の測定までやるのですから、プロとキャディの関係よりずっと絆の強い関係。「私たちは二人で一人なんです」とおっしゃる言葉の意味に深いものがあります。

私がAさんとゴルフしましょうと約束したのはいいが、焦ったのはそこです。いただいた盲人ゴルフ・マニュアルに目を通して、パートナーの役割の大きさには思わず居住まいを正してしまいました。私にAさんのパートナーとして気遣いが十分に出来るだろうかと途方に暮れてしまうほどです。

画像: グリーンに負担をかけない。これも、ゴルファーなら気を配りたいマナーだ

グリーンに負担をかけない。これも、ゴルファーなら気を配りたいマナーだ

グリーン上の話を聞きました。パートナーによっては、カップまでの距離を数字で教えるだけでなく、カップの後へまわり、旗竿でカップを鳴らして聴かせる人がいるそうです。私はなるほどと感心しましたが、Aさんは「それはしてはいけないと言っています」と言います。

なぜ。「私たちのゴルフはそれでなくても健常者のゴルフに比べて一人ずつ人数が多いわけです。グリーン面に倍の踏圧をかけています。だから、できるだけ歩きまわることを控えなければなりません」私が目を丸くして驚くと、「グリーン上をむやみに踏み歩いてはいけない、とご本に書いてありましたよね」参りました。晴眼者の著者がなんにも分かっていないじゃないか。

私は目を閉じて音の世界を想像してみました。ボールがカップに落ちる音は、私たちが知らない快音なのではないでしょうか。「そうですね。いい音です。でも、私たちはそこまでです。可愛いボールを自分の手で拾うことはしません」それはまたなぜ。「手がそれてホールの緑を傷めてはいけませんから」

「ゴルファーのスピリット」(ゴルフダイジェスト新書)より

撮影/有原裕晶

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