「いまもパーシモンですよ。こんなに面白いクラブをなんで手放さなくてはならないんですか」とAさんには笑い返されてしまいました。
Aさんは学生時代には倉本、湯原ら強豪勢揃いの中を競り合い、所属クラブではクラブチャンピオンに初代から五度名前を刻みましたが、念願の関東アマをとると、家族と仕事あってのゴルフライフだという自らの優先順位に従って潔く競技ゴルフから身を引きました。
それは大きなものをさっぱり捨てたというのとは違って、むしろその逆、そこから自由で楽しいわがままゴルフ人生が始まったのです。ドライバーは当時通っていたショップのご主人がオリジナルで自分の名前を彫って作ってくれたもの。インサート部は紙、いまやお宝物の圧縮紙です。
「この美しい木目といい、艶といい、世界にたった一本しかないぼく用のドライバーなんです」
それにしても私の記憶では、パーシモン・ヘッドはインサートの両脇のフェース部分が割れ、剥がれ、硬いツーピースボールになってさらに無残に傷みましたけれど……。それを言って恥ずかしい質問をしたことに気づきました。Aさんのショットは私らのそれのように打点がバラつかないわけです。ところが、心優しいAさんは私に恥をかかせないように答えてくれました。
「ヘッドスピードが五十とか五十五の人なら持たないでしょうけど、ぼくはそんなに力がないんです。せいぜい四十五。だから傷まないんです。練習も全然しませんしね。チタンですか。試したことないです。興味ありません」
パターはいまだにアクシネットのキャッシュイン、「味がありますよ」。
ユーティリティとやらにも興味ない。いまだにツーアイアンです。ヘッドのちっちゃな二十五年前のダンロップ。Aさんが少しでもミスをすると、クラブがぴしゃり「ヘタ、違う」と言うのだそうです。
「パーシモンはびっくりするような球は出ません。こういう球を打ちたければこう打てばいい。こう打ったからああいう球になった。呼吸が合って、互いに納得ずくで折り合いがつきます。信賞必罰の正直な会話があるんです。それがパーシモンなんです」
へんな打ち方をしたのに黙って真っすぐ運んでくれる道具では真っ当な会話にならなくて気持ち悪くてならないと、Aさんは言います。
パーシモンで二百四、五十ヤード。ハンディ0を維持しています。プロで飯を食うのなら、一打に家族の生活がかかりますから、近代兵器に持ち代えなければなりませんが、Aさんにはその必要がありません。ひと昔前のトップアマにはいました、プロには楽しめない、アマチュア由来のわがままゴルフを満喫する人が。
「道具には、お前と一緒にボールを打ってきたよなっていう通じ合うものがありましてね。苦楽の積み重ねの上に、いまの一打一打があるわけで、私とコレにとってはそのプロセスが大切なんです」
銀婚式を過ぎて、ますますべた惚れのおのろけを聞かされたような気になりました。
「ゴルファーのスピリット」(ゴルフダイジェスト新書)より
撮影/三木崇徳