カップインしたボールを拾うとき、マナーの良いゴルファーは必ずカップから靴1足分ほどの間を空けるもの。なぜなら、そうすればカップ周りが痛まず、後から来るゴルファーが快適にプレーできるからだ。ゴルフマナー研究家・鈴木康之の著書「脱俗のゴルフ」から、このマナーにまつわるとっておきのエピソードをご紹介。

イタンキ浜の「一足長」のマナー

室蘭GCを訪ねました。つい先ごろまで支配人だった垣内博さんのウェルカムは特上のものでした。拙著『ピーターたちのゴルフマナー』を手に「この本の、カップから離れてボールを拾うマナーには目の覚める思いでした」と言われたのです。カップから「靴一つ」を目安に離れるこの話を人様から言われると私はにこにこ顔になります。最も長い時間をかけて調べ歩いたテーマだからです。

さて、室蘭訪問は長年の念願でした。室蘭GCの揺籃、イタンキ・ゴルフクラブの海風に触れたかったからです。昭和五年、イタンキ浜に沿って作られた九ホール。戦中戦後の閉場期間を挟んで、昭和四十年いまの白鳥コースの地に引っ越すまで、およそ二百数十人のメンバーたちに愛されたリンクスです。イタンキとは漆塗りのお椀のことを言うアイヌ語で、聞くも哀れな伝説に由来する地名です。

倉庫の火災で開場当時の資料は焼失しましたが、昭和三十五年から発行された会報誌『いたんき』が一号から保管されていました。B4の紙を二つ折りにしただけのもので、すでに紙は日焼けして変色し、印刷インクはかすれていますが……。

いました、いました、イタンキ浜のゴルファーたちが……。

第十二号で伊佐治勝利さんが巻頭随筆でこう書いています。

「イタンキの特色は、第一にシーサイドコースとしての豪快さと優美さとを兼ね備えた風景。第二はグリーンの立派な事(おそらく日本一ではなかろうか)。第三に一番のティグラウンドに立てば、全ホールが一望の中に納められる事の三つであろう」

そして「このコースには立ち木が一本もないのも、他のコースには見られない特徴である」とも。まさにリンクスである証しです。

第十一号のあるページで私は思わず声を上げてしまいました。クラブ発起人の一人で、 昭和十二年から四年間クラブチャンピオンだった萩原英一さんが「パツテイングクオリテイー」と題して書いています。小文字が大きいのは当時の活字組みです。「ゴルフは芝によってプレイするので、芝のクオリティーはゴルフ場の生命です。特にグリーンがそのコースの良否の尺度でもあり、メンバーの程度が判断される」

このあと、米国の優良コースの刈り高は三・二~四・〇ミリであり、当コースは状態のいい時は六ミリであり、日本中でも五ミリのコースはまだない、と説明してからの次の一文。

画像: カップから「靴一つ」離れてボールを拾えばカップの周りが痛まない。入るはずのパットが入らない、なんて悲劇も防げる

カップから「靴一つ」離れてボールを拾えばカップの周りが痛まない。入るはずのパットが入らない、なんて悲劇も防げる

「だから、米国の一流選手はカップの近くへは絶対に寄りません。遠くから手を伸ばして球を取ります。一番多く傷むのはカップから一足長位ひ (原文のまま) のサークルです。グリーンは雑に使ふとベントグラスの様な軟らかい芝は夕方になるとカップが浮上がりショートパットをミスする様になります」

訪ねて来てよかった。古い会報誌のページから吹いてくる海風の中で、「一足長」つまり「靴一つ」をしてボールを拾い上げる上質ゴルフマナーの人々に出会えました。芝の種目もメンテナンス方法もその仕上がりも、現在とはかなり違う時代だったはずです。しかしそれはそれなりに、グリーン上のマナーには今も昔も変わらない伝統的な配慮が続いているのだと、そのことを知った旅でした。

「脱俗のゴルフ 続・ゴルファーのスピリット」(ゴルフダイジェスト新書)より

撮影/増田保雄

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