プレーファストはゴルフマナーの基本。ファストは「速い」だから、プレーは速いにこしたことはない……? ゴルフマナー研究家・鈴木康之の著書「脱俗のゴルフ」から、プレーのペースにまつわるエピソードをご紹介。

プレーのペースは速めか適切にか

二〇〇八年版の『ゴルフ規則』にちょっと考えさせられる三文字の変更がありました。

ご承知のとおり四年ごとの改訂年度。JGA版の巻頭四ページに主な変更点が約三十項列記されていました。新たに十ページ「ゴルフ規則簡易ガイド」が追加されるなど、使いやすい工夫もあり、中身も充実。年々邦文も易しくなり、どうにも難解だった十数年前のものと比べると隔世の感があります。一行の文字数を一字増やしたり、一部のペ ージの文字を小さくしたりしていましたが、それでもなお〇七年版より三十二ページも増えました。

値段は変わらず、税込みでたったの四〇〇円(編集部注:JGA発行の2019年ゴルフ規則プレーヤーズ版は税込648円)。JGAの回し者ではありませんが、私は、バッグに一冊、家に一冊、一人二冊は買うべし、四年ごとには買い替えるべし、と機会あれば呼びかけています。

二〇〇八年版を開いていてある三文字が私を驚かせました。第一章「エチケット」の中の一語です。〇七版までの「プレーのペース」の書き出し部分は「プレーヤーは速めのペースでプレーすべきである」であったのですが、〇八年版では「速めの」の三文字が「適切な」に変わりました。私としては、アラララ、という思いです。

このくだり、原文では半世紀以上の永きにわたってずっとplay without delayでした。delayとは遅れ。ですから「遅れることなくプレー」です。JGA版の訳文は年によっていろいろと言い換えられてきましたが、概ね「プレーを遅らせることなく」の意味に訳されてきました。

画像: "速め"はできるだけという意味が込められていると話すのはゴルフマナー研究家・鈴木康之。(撮影/岡沢裕行)

"速め"はできるだけという意味が込められていると話すのはゴルフマナー研究家・鈴木康之。(撮影/岡沢裕行)

それが〇四年版で「速めのペースで」と変わりました。「速め」は私の持論。喜びと驚きの二重奏で字面を見つめました。プレー・ファストのファスト、速めだからファスターかな、クイックリーかな、などと想像していた私は、やがて丸善で買い求めたR&A版を見てまた吃驚。without delay の代わりは at a good pacesだったのです。JGAの規則委員会はじつに実効的な名訳をしてくれたものだと感心しました。a good paces を直訳すれば「速め」とはなりませんが、言いたいことは「速め」です。字面で意味がわかっていいのです。

以来、話の席や書きもので「プレーは速いほどよしです。ルールブックにも『速めのペースで』と書いてあるじゃありませんか」と見得をきるように殺し文句として使ってきました。

それが〇八版でまた変わって「適切な」に。ちょうど大改定の年ですのでR&A版も変わったのだろうと確かめてみたところ、原文は変わっていませんでした。

at a good paces は「適切なペースで」と訳したほうが適切なのでしょうか。「速め」にしてもなにをもって速めとするのか、みんなが分かる明確な基準はありません。しかし多くのコースにはハーフ二時間とか二時間十五分という目安があって、掲示されています。前のいない場合などはそれより「速め」でもいいわけです。雨風の中で一生懸命がんばった組が二時間三十分かかったとしても、それがその状況下での「速め」なのです。「速め」は、人それぞれにできるだけ、という意味が込められている名訳でした。

「適切な」はちょっと心配です。スローなプレーヤーはど「これが俺たちには適切なんだ」と開き直りに使いそうです。

「脱俗のゴルフ 続・ゴルファーのスピリット」(ゴルフダイジェスト新書)より

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