ワンオン成功の12番ホールは「どプッシュ」だった
「やっちゃいました。もう引退していいですか?」
渋野日向子のコーチ兼キャディとして、全英女子オープンをともに戦った青木翔コーチは、開口一番そう言った。
教え子が達成した日本人42年ぶりのメジャー優勝。快挙と何度書いても足りないほどの快挙であり、コーチ冥利に尽きるとはこのことだろう。
今年の女子ツアー第二戦「プロギア レディス」終了後に青木コーチは渋野に関して「今後3年間でプロとしての体つくり、アプローチなど基本的なところを高めていく計画」だと教えてくれた。それから数カ月後、教え子は42年間誰も手が届かなかったメジャーの栄冠をその目の前で掲げてみせた。「なんかこんなことになっちゃいました」(青木)というコメントは、偽らざるものだろう。
コーチとして、キャディとして渋野とともに戦った4日間。最終日も変わらず談笑しながらプレーする姿は極めて印象的だったが、一体どんな会話をしていたのだろうか。
まずは12番ホール。トップを2打差で追いかける展開の中、ワンオン可能だが右に曲げれば池が大きく口を開けて待つこのホールで、渋野は勝負に出る。
「前半はシビれてたんですが、後半は行くしかないと。12番のティショットも本人がドライバー打たないと後悔すると言ったので、じゃあ行ってしまえ! と。ホントはもっと左を狙っていましたがドプッシュしたんです」(青木)
結果は、池をギリギリ超えてワンオンに成功。バーディという結果以上に、追い上げムードを加速させる最高の結果となった。しかし“どプッシュ”だったとは!
「これは入るか3パットかの強めに行くんだな」勝負をかけた18番
そして次は18番ホール。前の組のグリーン上のプレーを待つ間、渋野とコーチはプレーオフについても話をしていたのだという。
「2打目地点でその話になって、『プレーオフしたくない、負ける気がする』と言うので、ここでカッコよく決めようと」(青木)
残り距離は164ヤード。師弟の選択は6番アイアン。「ダフったんですよちょっと」(青木)という当たりは、ピン手前につく。
「少し手前に乗ってラインを読んだら薄めに読んでいたので、これは入るか3パットかの強めに行くんだなと思いました。そしたらご覧になった通り、入ったんです」(青木)
カメラにも笑顔を向け、メジャーの優勝争いの真っ最中でありながらリラックスした様子を見せ、当然のようにウイニングパットを沈めて見せた渋野だか、それは勝つか負けるか覚悟を決めた、ちょうど12番のティショットのような勝負手だったようだ。
今年ツアーデビューのハタチとは思えない勝負への嗅覚。渋野はそのふたつの「勝負」をいずれもモノにし、勝利をつかんだ。
「今年のテーマはトレーニングをしながら体の使い方をちゃんと覚えること、それといつもやっているパッティングのドリルをやってレベルを上げること。ツアー1年目の渋野が日本ツアーで育ててもらって、その結果がこんな形で実現できて本当に嬉しいです。来週も出場する予定なので予選落ちしないようにがんばります!」
青木コーチはそう結んでくれた。全英女王の次に目指すのが「予選通過」なのはなんともこの師弟らしい。見ていて本当に楽しげで息がピッタリに見えたこの師弟タッグの世界の舞台でのさらなる活躍を期待せずにはいられない。
試合後、渋野のインスタグラムの投稿には、こんな一文が付されていた。
「青木さんに習ってよかったってちょこっと思いました!笑」
※2019年8月5日12時21分、内容を追記しました