PGAツアー「ヒューストンオープン」を制したのはラント・グリフィン。海外取材歴20年のゴルフエディター・大泉英子がラントの勝利までの道のりについて語る。

1日1000円前後のファーストフードでツアーを戦う

2019〜2020年シーズンのPGAツアー第5戦「ヒューストンオープン」の最終日は、ツアー初優勝をかけた選手たちが1打を争う混戦状態となったが、優勝を決めたのは最終日、2位と1打差の単独首位でスタートした31歳のラント・グリフィン(米国)。

画像: PGAツアー5戦目「ヒューストンオープン」を制したラント・グリフィン(写真はGetty Images)

PGAツアー5戦目「ヒューストンオープン」を制したラント・グリフィン(写真はGetty Images)

彼は15年にPGAツアーラテンアメリカで1勝、17年には下部ツアーのコンフェリーツアーで1勝を挙げ、一度はPGAツアーで戦った経験を持つが、たった1年でシード権を失い、昨シーズンは再びコンフェリーツアーに出戻った選手だ。昨シーズンはコンフェリーツアーで早々に2勝目を挙げ、今季のPGAツアーのシード権を再び獲得。今季、PGAツアーでは初戦から5戦連続で試合に出続け、全試合でトップ20位以内にランクイン。そんな彼に、ついに勝利の女神が微笑んだ。目下フェデックスカップ1位である。

「僕の人生、今後何が起こるかわからないが、このこと(優勝)は決して忘れない。言葉に表せないくらい、すごく幸せだ。今、(祝福の)テキストメッセージが457通も届いているが、僕をサポートしてくれたみんなには本当に感謝してもしきれない。全員に返事をするつもりだよ」

人には人それぞれ、人生や歴史があるものだが、彼ほど特殊な経歴、特徴を持つ選手を見たことがない。ヒッピーの両親の元に生まれ、彼の名前「ラント」は、スピリチュアルな世界の導師ロード・ラントから名付けられたものだという。ロード・ラントは知恵や精神の強さ、ポジティブな思考、チャレンジ精神、洞察力などをサポートするマスター。まさにゴルファーの彼にはぴったりの名前とも言えるが、やはり少々風変わりな感は否めない。

そして食事に関しては、赤身の肉は一切口にせず、魚と鳥しか食さないというが、ヒューストンオープンで優勝した1週間の夕食のほとんどが、ヘルシーメニューで人気のあるメキシコ料理の全米チェーン・ファーストフード店「チポレ」でテイクアウトだった。

ちなみにこの店は、実はラントだけでなく、選手やキャディたちからも愛用されている。たまに私も行くことがあるが、ブライソン・デシャンボーやババ・ワトソン、ジョーダン・スピースのキャディなどに遭遇したこともある。いくら野菜を豊富に取れるヘルシーメニューとはいえ、毎日のようにファーストフードではさすがに飽きも来るだろう。しかし、1日1000円前後の野菜中心の食事でも過酷なPGAツアーを戦い抜くことができるんだな、とヘンな感心をしたものだ。

ゴルフに関する話に戻るが、彼の両親はヒッピーでゴルフとは一切関わりがない。だが、8歳のクリスマスに父親がハーフクラブセットを買い与えてくれたという。それ以来、自宅から1マイルも離れていない9ホールのショートコースで毎日プレーしていたそうで、ラント少年はその3000ヤード足らずのコースで腕を磨いた。驚くことに、毎週末には1日なんと45ホールもプレーしていたそうだ。いかに彼がゴルフを愛していたかがわかるエピソードである。

だが、そんな彼に不幸が訪れる。父が脳のガンに冒され、12歳の時に亡くなった。父は亡くなる前に息子を自宅付近のブラックスバーグCCに連れて行き、ヘッドプロであるスティーブ・プレーター氏のジュニアクリニックを受講させた。

そんな経緯で知り合った二人だが、父を亡くして悲嘆にくれ、涙を流すラント少年をプレーター氏は抱きしめた。かわいそうに思った彼は、ラントを特別に名誉会員としてクラブメンバー入りさせ、いつでもゴルフができる環境を与えた。また、夜には自宅にも呼び寄せ、まるで家族のように一緒の時間を過ごしたという。第2の父親として、メンター、コーチとしてラントにとってなくてはならない存在となったプレーター氏。今もその二人の密接な関係は続いているが、常にそばにいなくても毎日のようにテキストメッセージを送りあい、ラントのよき理解者としてアドバイスを送ってくれる存在となっている。

「彼はゴルフにおいてあらゆるドアを開けてくれた人。無償でゴルフを教え、僕にメンバーシップを与えてくれたんだからね。スティーブが僕を受け入れてくれなかったら、大学でゴルフをするチャンスにも恵まれていなかっただろうし、こうしてヒューストンオープンで優勝することもなかっただろうね」

そしてプレーター以外にも彼に支援の手を差し伸べ、彼にゴルフを続ける道を築いてくれた人たちは過去に大勢いた。

「ゴルファーといえばお金持ちで、良い生活を送っていると思われがちだ。決してそれは間違っているとは言わないが、僕はそういうタイプの人間ではなかった。幸い20〜30人の人たちが僕がアマチュア時代、ジュニアゴルフ時代、そしてミニツアーに出ていた頃にも経済的な支援をしてくれなかったら、僕はゴルフを続けることができなかったんだ。だから僕は本当にいい人たちに恵まれたと思う」

「誰もがジョーダン・スピースやリッキー・ファウラーのようになれるわけではない。中には30歳前になってツアーでやっとプレーできるようになる人もいる」とラント。彼自身も後者のタイプだ。だが生い立ちは少々風変わりでも、自身の進むべき道ははっきりしている。「僕は優勝しても決して変わることはないし、同じ人間だ」

マスターズや全米プロなどのメジャーへの出場権を獲得し、2年間のシード権も獲得したラント。今回の優勝で彼の人生が大きく変わろうとしても、彼の軸がブレることはない。

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