「基本のピッチ&ラン」を磨き上げ“大人のゴルフ”ができるように
プロゴルファーであれば、誰もが自分の武器を増やしたいと思うものです。私自身、ツアーで戦うためになんとかアプローチの引き出しを増やそうともがいた時期がありました。俺より上手いプロはあれもできる、これもできる。ならば自分もできるようにならなければ! と。
しかし、渋野日向子選手は違いました。彼女と青木翔コーチがツアーを戦い抜く上で選択したのは、武器を増やすのではなく「少ない武器を磨いて使う」という戦略です。
渋野選手がコースで見せるアプローチは基本のピッチ&ランが大半。私が渋野選手のプレーへの密着をはじめた日本女子オープンから、最終戦のLPGAツアーチャンピオンシップ リコーカップまで、それは変わりません。しかし、当初は散見された寄せきれずにボギーにする姿は、後半戦になるにつれ見られなくなっていきました。
とくに見事だったのは、昨日終わったばかりの最終戦です。お気付きの方も多いと思いますが、渋野選手は4日間を通じてショットが好調とは言えませんでした。それでも終わってみれば2位タイと優勝争いに最後まで加わることができたのは、苦手とされてきたアプローチでしのぎ続けたからでした。
試合中、私はそれを「大人のゴルフ」と表現しました。意味合いとしては、バーディも多く出るが、ボギーも多く出るというゴルフではなく、しっかりとパーを重ねてチャンスを待つということですが、それができるのは技術の上積みがあったからです。
ルーキーである渋野選手にとって、周りのプロたちはみんな自分より上手いと感じていたはずです。自分はショットでピンを狙うしかできない。それに対して、他のプロたちは、外したときの多彩な寄せ技を持っている。
それを渋野選手は1年間見続けてきました。そして、「どうやって打つんですか?」と青木コーチに聞き、教わった内容を練習し、コースで試して「あ、できた!」という成功体験を地道に積み重ねてきたんです。その集大成が、最終戦での大人のゴルフだったと私は思います。
スウィングに影響が出る技はいいものでもあえて取り入れなかった
ここで重要なのは、技の引き出しは増えたけれども、それらは根本的にはひとつの技術の延長線上にあるということです。渋野選手のスウィングの「フェースをボールに向けたまま振る」という特徴では対応が難しい技は、ついに取り入れることはありませんでした。
スウィングには、フェースを開いて閉じるやり方、フェースをボールに向けたまま、開いたり閉じたりしないやり方があります。前者の代表はタイガー・ウッズですが、青木コーチはこのような打ち方を、渋野選手に一切教えませんでした。
アプローチは、フェースを開いて閉じる動きを入れると非常に多くの技を使えるようになります。フェースの開き具合、閉じる速度などによって、出る球筋は大きく変わるからです。しかし、たとえアプローチでも、それらの動きを取り入れることは渋野選手のスウィングの根幹部分に影響が出る可能性があります。それを青木コーチは懸念していました。
そのため、そのような動きを伴う技術は、あえて「教えない」という選択をしたのです。スウィング中にフェースは開かない。その基本は変えずに、ボール位置を変えたり、クラブの抜き方を変えたりして、球筋を少しずつ増やしていきました。
ですから、冒頭に「少ない武器を磨いた」と言いましたが、本質的には「ひとつの武器を磨いた」とも言えます。いいものをすべては取り入れない。渋野選手に合うものだけを取り入れ、磨き上げる。武器はひとつしかないけれども、その切れ味は誰にも負けない。実際に、試合を重ねるごとにみるみる上手くなっていく渋野選手の寄せを見ながら「こんな戦い方もあるんだな」と思わされました。
聞けば、青木コーチ自身は「フェースを開いて閉じる」タイプのスウィングをするのだそうです。だから、フェースを開いて閉じるアプローチだって、本当は教えられる。しかし、自身のプレーヤーとしての挫折の経験から「教えすぎない」ことの重要性を誰よりもわかっているのも、青木コーチだったのです。
渋野選手は、放っておくとオーバーワークになるくらい練習してしまう選手。その練習量で「ひとつの武器を磨く」ことで、基本のピッチ&ランは、それひとつで十分に戦えるレベルにまで達することができました。
来シーズン、新たな武器を手に入れるのか。あくまでも愚直にひとつの武器を磨き上げるのか。いずれの道を選ぶにしても、これだけ活躍してなお“伸び代しかない”と感じさせてくれる渋野選手の近未来の姿を、しばらく楽しみに待ちたいと思います。
撮影/岡沢裕行