仕事とゴルフの境界線があいまいな“沖縄スタイル”に学ぶべきことがある
6月のある日、沖縄にできた新しいゴルフスポットを訪れた。“house ONOFF(ハウスオノフ)”。ゴルフブランド『ONOFF』をプロデュースする大江旅人氏が私費で創った隠れ家的な空間だ。築50年ほど。長いこと空き家として放置され、庭も荒れ放題だった海が見える高台の古民家を、可愛らしく、どこか懐かしい空間へとリノベーションした。
『ONOFF』ブランドのゴルフクラブのフィッティングと販売、ソフトグッズの販売。ゴルフ品以外にも大江氏のメガネにかなった日常ウエアや雑貨が並ぶ。この夏からは、カバンやゴルフ用品でじわり人気の『木の庄帆布』が共同運営者という形で“house ONOFF”にジョイントしてきたのだという。
そもそも、大江氏はなぜ沖縄にこうした隠れ家的な拠点を作ったのか?
「個人的にゴルフをもっと日常にしたいな、という思いがずっとあったんですよね。図書館に行くようにゴルフと暮らせないかと。沖縄を選んだのは、ゴルフのそばに棲むという選択が容易に叶えられるからです。思いついた時にゴルフに行く。ゴルフの後に仕事する。それにはとにかくゴルフ環境のそばにいなければいけませんよね?(笑)」(大江氏)
実際、沖縄ではこうしたアクティビティと仕事の折り合いが、一日の中にうまく溶け込んでいる。午前スルー、午後スルーがゴルフの基本。ミドル・ショートコースなどサクッと回れるゴルフ環境もすくそこにある。那覇のような大都会にいても、Turf & Workを自然に実践できる、もともとそういう土地柄なのだ。
「コロナ禍という圧倒的で、大きなチカラの前にして、多くの人がこれまでの働き方や暮らし方を考える。そんな契機になったと思います。同時に農業、漁業、林業など第一次産業の大切さ。それらが暮らしのそばに、自分たちの手の内にしっかりとあることの安心感とかも感じたのではないでしょうか。ゴルフもそうですが、食も、音楽も文化的なことも。実はすべてがそばにあって一体のものなのだということに気づかされた。そんな気がするのです」(大江氏)
ONとOFFの境界線があいまいな時代。新しい暮らし方へのヒント。
大江氏の話を聞いていると、すべてが一体となった暮らしとは、まさにONとOFFの境界線がない新しい世界観のような感じがした。これまで当たり前のようにゴルフブランドの名前として、何気なくオノフという言葉を口にしてきたが、そもそもどういう意味合いを込めて作られた言葉なのか。とても興味がわいた。
「よくONOFFはゴルフブランドの名前でしょ?と言われるのですが、私の中では決してそうではありません。もともと福井県鯖江のメガネフレームのプロデュースを手掛けた際に『ONOFF』というブランド名を使ったのが最初なんです。簡単にいえば、普段使いでもビジネスでも使える新しいメガネ文化を作ろう!ということですね。それから同名でウエアブランドもやりましたし。その後にゴルフの話が来て、それこそオンコースだけでなくオフコースでの提案もしたいというコンセプトにぴったりの名前だなと(笑)。だから、とくにゴルフ限定のブランド名ということではないですし、house ONOFFもゴルフの施設!ということではありません」(大江氏)
ONとOFFというと、まさにスイッチのイメージで、パチッ・パチッと明確な切り替えをする装置のような捉え方をしてしまうが、大江氏がプロデュースしたONOFFのロゴには、ONとOFFとの境目がなく、まさに一体となっていることに気づいた。得意気にそれを指摘すると、大江氏はこう言って笑った。
「そこまで意識はしてなかったですけどね(笑)。ON/OFFではなくONOFFとくっつけた方が(ロゴとして)新鮮だなという単純な感覚です。でも、そうしたアイコンを通じて提供したいのはまさにONとOFFが一体となった暮らし。それを楽しめる人たちをどんどん増やしていきたいのです」(大江氏)
コロナウイルスの影響で、リモートワーク、在宅勤務、ワーケーションなど、働き方が急速に多様化している今だからこそ、大江氏がずっと思い描いてきた、あらゆることがそばにある、“境界線のない暮らし方”に共感する人も多いのではないか。そんな印象を強く持った。
「“house ONOFF”は、地元の人たちがふらっと立ち寄れるそんな日常的な空間にしたいのです。別にゴルファーに限りません。これからここで朝市をやってもいいし、音楽イベントとか落語会とか、色々なことをやって、とにかく偏差値の高い人たちの暮らしの一部になっていけたらいいと思っているのです。今回、木の庄帆布さんに参画していただいたのも、そのためです。気づきの生まれる空間を、同じ志を持った人と一緒に作っていきたいんです」(大江氏)
偏差値の高い人、そして新しい暮らし方。それは“想像力とデリカシー”によって育まれる、と大江氏は言った。それが他人と“共生”するために必要なスキルであり、当然の配慮だということだ。コロナ禍の夏。沖縄などのリゾート地に今行くべきなのか? 帰省はしてもいいのか? そうした判断も個々の“想像力とデリカシー”によって、ジャッジされるべきもの。暮らし方が変容する今、考えるべきは自分のことではなく、他人のこと。新しい暮らし方の根底にあるものとは何か。現代的な暮らしの中に欠けているものとは何かを、沖縄の気持ちのいい場所に教えられた気がした。
写真/高梨祥明