世界のトッププロたちが、軒並みハーフ40台や連続ボギー、ダブルボギーを叩き、スコアを大きく崩した今年の全米オープン。開催コース(ウィングドフットGC)のディレクターが大会前に「優勝スコアは8オーバーだろう」と予測したほど難易度の高いコースでの戦いとなったが、4日間を終え、ただ一人アンダーパーをマークして優勝を遂げた者がいた。“ゴルフの科学者”ブライソン・デシャンボーだ。
彼は全出場選手中、ただ一人連日イーブンパーかそれよりもいいスコアをマークし、2位のマシュー・ウルフと6打差の6アンダーでメジャー初優勝。この優勝で世界ランクは5位に浮上し、フェデックスカップランク1位に。1999年に優勝した故ペイン・スチュワート以来のサザンメソジスト大出身の優勝者が生まれた。
「(優勝したなんて)現実のものとは思えないよ。すばらしい!これもチームのみんなのおかげだ。毎日みんなで一生懸命に取り組んでくれ、ボクを助けてくれた。そして、両親にも本当に感謝している。ランチ代すら払えない状態で学校に通っていたこともあり、(貧乏で)とても辛い時期を過ごしていたこともあったが、彼らは本当にボクのためにベストを尽くしてくれて、ゴルフをさせてくれた。この優勝は両親やボクのチームのみんなのもの。血と汗と涙の結晶だ」
彼はスウィングを数値で把握し、その数値を元にどのようなクラブを使い、どのようにスイングをすればいいか?を考えるゴルフの科学者として知られているが、彼のチームには常に「弾道測定器」を持ち歩いて分析する担当者もいる。彼のいう「チーム」とは、キャディのティム、コーチのクリス・コモ(以前、タイガー・ウッズのコーチを務めていたこともあった)の他に、他の選手にはいないこの「測定器分析係」というのがいて、試合によって交代で練習ラウンドに同行している。
コロナウィルスの影響でツアーが中断された時、デシャンボーは肉体改造を行い、トレーニングのおかげで現在では約111キロにまで体重が増えた。そして飛距離も25ヤードほど伸び、7月のロケットモーゲージクラシックで優勝。ツアーで大きな話題となった。これも生体力学的観点から物事を考えるコーチと数値を正確に分析できる測定器係がいたからこそ、デシャンボーの肉体を100%活かせる体作り、飛距離アップが可能になったのだが、この肉体改造&飛距離アップに至る過程で、デシャンボーはブルックス・ケプカに大きな影響を受けたと語っている。
「今ではスウィングスピードが速くなり、ラフが深くても振り抜けるようになったが、これはブルックス(・ケプカ)が昨年のベスページ・ブラック(全米プロ)でやっていたことなんだ。彼はあのコースを力でねじ伏せた。それを見て、ボクは羨ましく思ったし、自分もああいう風になりたいと思ったんだ」
出場選手が皆、口を揃えて「フェアウェイキープが大事」と語っていたのに対し、彼の全米オープン攻略法はみんなとは違っていた。
「ラフに入ってもいいから、とにかくできるだけドライバーで遠くまで飛ばす。ラフに入っても、次のショットをPWか9番でフロントエッジか、グリーン真ん中にボールを打っていくことができるからだ。飛距離が出るとこういうアドバンテージがあるんだよ。もちろん風向きや状況によってはレイアップしなければいけないこともあるが、基本的にはできるだけドライバーでぶっ飛ばす」
まさにこれは、「ケプカ流コース攻略法」を取り入れた作戦だ。自分のアドバンテージである「飛距離」を最大限に活かして、とにかくグリーン近くまでできるだけ寄せることが先決だと考えたデシャンボー。ただし、曲げてもいいからクラブを振り回せばいい、という考えではない。彼は「遠くに」しかも「真っすぐ」に飛ばすことを目指したスウィング作りを行うため、飛ばすことにおいてはプロ中のプロの“ドラコンチャンピオン”たちの元を訪れることもあった。そこで速くスウィングすることのメリットや、速く振れる一方で不得意なことは何か?などを聞き込み、自分が目指す「速くスイングしてもブレることなく真っすぐに飛ばす方法」を見出すため、熱心に研究していたのである。
大会4日間中で、ラフに入ることもあったものの、ずば抜けたパワーを駆使して深いラフも力でねじ伏せ、パーオン率は平均64%(5位)。ちなみにフェアウェイキープ率は41%で26位タイと優勝者にしては低い。優勝への必要条件のように語られていた「フェアウェイキープ」ではロリー・マキロイ(3位タイ)、松山英樹(5位タイ)らの方がよっぽど精度が高かったが、それでも優勝には結びつかなかった。
「ラフに打ってしまっても、そこからバーディを取れるような気がしている。逆にレイアップしたからと言って、必ずしもフェアウェイキープできるとも限らないでしょう?だったら、できるだけフェアウェイキープを心がけ、アイアンショットが良ければバーディは取れると思うよ」
そうデシャンボーは練習日に語っていた。また、2006年に最終ホールで自滅し、惜しくも優勝を逃したフィル・ミケルソンからは、「2006年はショートゲームが人生で最も良かった」と聞いていた。
そこで彼は、自分もウェッジゲームをなんとかしなければいけないと思ったという。
3日目を終え、ウェッジの距離が自分で思っているよりも飛びすぎていると感じた彼は、真っ暗になるまで練習場でああだこうだとコーチとスイング談義。投光器に照らされながらその原因を究明した。その結果、彼の弾道測定器の設定の問題だったことが判明し、翌日のウェッジの正確な距離感につながったという。
通常、試合も終盤を迎えると、最終組付近で上がってきた選手は日没で練習を諦めたり、疲労感からホテルに直行する者も多いが、デシャンボーは違う。納得がいかなければ練習場に向かって、その原因を追求する。そのストイックさの積み重ねが今回の優勝に繋がったのだと思う。
全米オープンでメジャー初優勝したデシャンボーの次なる研究課題、それは「48インチのドライバー」だ。現在は45.5インチのドライバーを使用しているが、全米オープン後に48インチのドライバーを試打するという。うまくいけば試合にも投入するとキッパリ。おそらく360〜370ヤードは飛ぶのではないか、と本人は予想している。マスターズの開催コース「オーガスタナショナル」では、ロングヒッターに対抗して隣のゴルフ場の敷地を購入してまでティを後ろに下げるなどの対策を取っているが、デシャンボーの飛距離への追求もとどまることを知らない。彼はルールを研究し、スイングを科学しながら今後も進化し続け、メジャー2勝目を狙っている。