テレワーク、ソーシャルディスタンス、ニューノーマル、withコロナなど、2020年は新型コロナウイルスの影響で数多くのワードが生まれた。果たしてゴルフとテレワークを結びつける新しい働き方も生まれるのか? ゴルフ産業の市場調査・研究を生業とする矢野経済研究所の三石茂樹が寄稿。

新型コロナウイルス感染拡大以降、分かるようなよく分からないような横文字を目にする機会が増えたように感じています。そして個人的にもっとも口にしたり文章にすることに抵抗を感じているのが「ワーケーション」という単語。

ウィキペディアによると、ワーケーションとは“「ワーク」(労働)と「バケーション」(休暇)を組み合わせた造語(かばん語)で、観光地やリゾート地でテレワーク(リモートワーク)を活用し、働きながら休暇をとる過ごし方。在宅勤務やレンタルオフィスでのテレワークとは区別される。働き方改革と新型コロナウイルス感染症の流行に伴う「新しい日常」の奨励の一環として位置づけられる”とあります。

要するに「会社以外の”遊び場”に近い場所で仕事しながら、遊びも一緒に楽しんじゃう」というスタイルのことを指すようです。私は矢野経済研究所という調査会社に勤めるサラリーマンなのですが、仕事自体が他の社員と交わることの少ない「自己完結型」のものが多いということもあり、コロナ禍以前から「通勤時間を費やして会社に行って仕事をする」というスタイルに疑問を持っていて、「夏は北海道、冬は沖縄のゴルフ場で仕事をしながらゴルフや釣りをしながら過ごせたらどんなにステキなんだろう」などという妄想を膨らませていました。

もちろん会社に行って仕事をすること全てを否定するつもりはないのですが、「働き方ってもっと自由であって良いのでは?」ということを考えていたような人間なので、今年に入って「ワーケーション」という言葉が(もう少し違う表現はないものか? という思いはあるものの)頻繁に使われるようになった時には嬉しい気持ちになったものです。

画像: リモートワークをゴルフ場でやったら仕事がはかどるのか?ゴルフに夢中になって仕事が二の次になるのか、ゴルフをやりたいから仕事を早く終わらせられるのか?実証実験の結果は、半数以上がはかどったと答えた(写真/三石茂樹)

リモートワークをゴルフ場でやったら仕事がはかどるのか?ゴルフに夢中になって仕事が二の次になるのか、ゴルフをやりたいから仕事を早く終わらせられるのか?実証実験の結果は、半数以上がはかどったと答えた(写真/三石茂樹)

 

更に自分の中にあったのが「仕事場としてのゴルフ場の利用価値の高さ」。宿泊施設が併設されているゴルフ場は勿論のこと、コロナの影響でコンペ需要が減少しているゴルフ場のコンペルームをオフィスとして開放すれば、ゴルフ場の新たな収益の一つになり得るのではないか? というようなことを以前から考えていました。

ゴルフを趣味にしているビジネスマンにとってみれば、朝起きて直ぐに早朝プレーができる、仕事が終わったらサクッと薄暮プレーができる、お昼休みにパター練習やアプローチ練習ができたらまさにそこは「夢のような仕事環境」なのではないかと思います。またゴルフ未経験者であっても、街から離れた自然豊かな環境で仕事をすることは都内で通勤電車に揉まれながら会社で仕事をするよりも精神衛生上も優位性があるでしょうし、ゴルフデビューの良い機会にもなり運動不足の解消にも繋がるのではないかと思います。

ワーケーションができるゴルフ場

そんなことを考えながら「どこかワーケーションに応じてくれるゴルフ場はないものだろうか」と思っていた6月、長野県佐久市にある「サニーカントリークラブ」や静岡県伊東市「サザンクロスリゾート」の広報を担当している高野さんとひょんなことから「ゴルフ場を活用したワーケーション」で意気投合し、サニーカントリークラブでの実施に向けた検討を行うことになったのです。

サニーカントリークラブは18ホールのコースの他、練習専用の浅間コース(6ホール)、アプローチ専用練習場、更には300ヤードのドライビングレンジが整備されており、まさにワーケーションを行うにはもってこいの環境。7月にはサニーカントリークラブの小林社長を交えて実施に向けた検討課題の洗い出しを行い、以下のような内容にて「実証実験」を行うことに決定しました。

・実施は9月末から10月初旬にかけて、二泊三日の実証実験を計3回実施する
・オフィスとして、ゴルフ場へ移設のコテージ、ロッジを貸与する
・リモート会議用の場所としてクラブハウス内コンペルームを開放する。大型テレビモニター、コピー/FAXの複合機を用意する
・コース内テラスなどでも業務ができるよう、Wifi環境を整備する
・参加者はアプローチ練習場及びパター練習場、6ホールの練習コースを無料で使用することができる
・18ホールのラウンド及び薄暮プレーは別料金とするが、優遇料金にてプレーできるようにする
・食事は3食付きでラウンド客と同じ食事を選択できるようにする
・長期滞在を想定しランドリーを設置する
・ゴルフ場の浴場はラウンド客と同様の時間帯で利用可能とする
・参加料金は部屋タイプによって変動させるが、ロッジのシングルルーム利用で22,000円(税別)からとする

ゴルフ場までの交通費は参加者各自の負担としましたが、コース内の施設が使い放題でレストランでの3食がついて22,000円という価格設定は、他の観光地やビジネスホテルでのワーケーションプランと比較してもかなりリーズナブルだったのではないかと思います。

ゴルフ場でのワーケーションで仕事はできるか?

上述のように「実証実験」という立て付けで実施したので、今回は大掛かりなPRなどは行わず、私のSNSアカウントを通じて募集を行い最終的には延べ7組11名の方に参加頂くことができました。採用する企業側にとって最も大切なことは「ゴルフ場が“仕事場”として機能するか否か」という点であることは言うまでもないことです。あまりにも魅力的な環境に「溺れて」しまい、仕事をせずにゴルフ三昧の日々を送られてしまっては本末転倒な訳で、ゴルフ場で仕事をすることの優位性や妥当性を証明するために今回の実験では以下の点を検証することにしました。

・参加者の労働生産性は向上するのか。その要因は
・ゴルフ場の施設は「オフィス」として快適に業務が行える環境となり得るのか。改善ポイントは
・参加者の精神的、身体的な健康増進に寄与することができるのか
・参加者の会社に対する帰属意識は高まるのか
・その他、ゴルフ場でワーケーションを行うことによる副次効果はあるのか
・企業側は果たして自社社員の参加をすんなり認めてくれるのか
 以上の点について参加者に終了後にアンケートを行い集計したところ、以下のような結果を得ることができました。
 

画像1: ゴルフ場でのワーケーションで仕事はできるか?

「とてもはかどった」「はかどった」を合わせると半数以上の参加者が「仕事が捗った」と回答しています。その理由について、

・静かな環境で業務に集中することができた
・通勤時間がなかったため時間を有効活用することができた
・「ゴルフをする」という明確な目標があったので、メリハリを利かせた時間管理ができた
・環境がいいため早寝早起きなこと
・早くゴルフがしたいため仕事に集中したこと
・余計な誘惑が少ないこと(市街地から離れた環境なので、夜飲みに行こうにも行けない)
・家事などをする必要がないこと
・ゴルフ時間を設定する事による業務への集中力が高まった。パター練習が気分転換になった

以上のような点が挙がりました。またお一人だけが「はかどらなかった」と回答していますが、その理由は「コロナでまったく練習していなかった反動から、ゴルフに没頭しすぎたため」とのこと。魅力的過ぎるゴルフ環境の「誘惑」に負けてしまったのが要因のようです。このあたり、参加される方の性格やその時の業務量(忙しさ)によっても変動するのではないかと思いますが、参加にあたっては自らのタスクやゴールを明確にした上で臨むこと、少々大袈裟な表現をするならば「会社や上司、部下から“後ろ指”を刺されることのないよう、自らを律する」というメンタリティが必要であると言えます。

更に労働生産性の検証を目的に「滞在中に予定した仕事は完了したか?」という質問を行いましたが、その結果は以下のようになりました。

画像2: ゴルフ場でのワーケーションで仕事はできるか?

「予定通り終了することができなかった」のは、上述した「仕事がはかどらなかった」一名の参加者であり、それ以外の参加者は概ね予定通りに業務を終了することができた、と回答しています。36.4%(4名)の参加者が「予定より早く完了することができた」と回答していますが、これらの参加者は「時間の設計自由度が高まったこと(通勤時間を業務に充てることができた)」「ゴルフをしたいので集中力が高まった(目的が明確なのでメリハリをつけて仕事をすることができた)」「静かな環境なので仕事に集中することができた」ことを理由に挙げています。

サンプル数が少ないという点はあるものの、今回の実験の最大のポイントであった「ゴルフ場で業務を行うことによる労働生産性向上」は立証されたと言って良いでしょう。また参加者からの意見として興味深かったのが「帳票作成系の仕事がものすごくはかどった」という声。その方は自分のオフィスや在宅勤務ではどうしても帳票作成系の仕事を後回しにしてしまう傾向、作成するにしても所謂「やっつけ」的なやり方をする傾向があったそうなのですが、今回ゴルフ場という自然豊かな環境に身を置いたことによって「とても穏やかな精神状態で帳票作成業務に取り掛かれた」そうです。

こうした声からも、ワーケーションに適した業務とそうでない業務があること、ゴルフ場を活用したワーケーションは全ての労働者の労働生産性向上を実現する「万能薬」ではない、ということが言えそうです。このあたりはもう少し検証を積み重ねることが必要かと思います。

今回は二泊三日のプランにて実験を行いましたが、その日程について参加者はどのように感じたのでしょうか。

画像3: ゴルフ場でのワーケーションで仕事はできるか?

「適正だと思う」という一名の回答を除いた10名が「短い」と感じたようです。最も適正な滞在期間は「1週間」という結果になりましたが、このあたりは参加者の「移動距離及び時間、金額」が関連しているものと推察されます。

今回の実験会場であるサニーカントリークラブは、自動車であれば東京都心から200キロ程度、高速道路を使用して3時間程度の時間を要する場所です。北陸新幹線を使えば東京駅から1時間で最寄りの佐久平駅に到着することができますが、「車で3時間かかる」「新幹線に乗って向かう」環境ゆえに、恐らく「せっかく来たんだからもう少し長く滞在したい」という思考が働いたのではないかと思われます。

もちろん魅力的なゴルフ施設をもっと堪能したい、静かな環境で精神的にゆとりを持って仕事を続けたい、この機会にもっとゴルフが上手くなって帰りたい、などといった欲求もあったのではないかと思いますが、滞在期間と参加料金のバランスをどのように図っていくのか?という点は今後ワーケーションを展開するゴルフ場にとっての課題なのではないかと思います。

最大のハードルは「企業側の理解」

そして今回の実証実験で私自身が最大の課題と感じたのが「企業側の理解を得ること」。これはある意味想定通りの結果でもあるのですが、実証実験実施の案内を出した当初は数多くの方から「最高の企画」「是非参加したい」「会社を説得して参加する」という声を頂きました。しかしながら実際は「会社に申請したが認められなかった」ことにより泣く泣く参加を断念された方が20名近くいらっしゃいました。

参加が認められなかった理由として最も多かったのが「就業規則上、在宅勤務は“自宅で仕事をする”ことが原則であり、それ以外での場所での業務を認めてもらえなかった」というもの。如何にも日本企業らしい理由と言えば理由ですが、このあたりはコロナによって在宅勤務や「zoom」などを活用したリモート会議など多様な働き方がこの半年程度で急速に普及したものの、果たしてどこまで自社従業員の「設計自由度」を認めるべきか決めあぐねている企業側の「戸惑い」のようなものが透けて見えたように感じています。

国がワーケーションを強化(することでインバウンドを中心とした観光業の落ち込みをカバー)することは既に確定しており、今後は企業側も徐々に「多様な働き方」を実現することを目的とした就業規則の改定に着手していくのではないかと思われますが、今回の実験ではまだまだ企業側の体制や考え方も「道半ば」であることを実感しました。

言うまでもなく企業側にとってワーケーションを自社従業員に認めることは「コスト増」に繋がることを意味しており、その「費用対効果」を検証する必要やどのようにして費用を捻出するかという現実的な課題をクリアしなければなりません。一番手っ取り早い策としては「通勤手当支給を廃止し、その金額を“ワーケーション手当”として充当する」「オフィスを圧縮し賃借料を削減することにより“ワーケーション手当”の原資を確保する」というのが「足し算引き算」に基づくものが考えられます。また健康経営や従業員の福利厚生という観点から企業側がワーケーションに関わる費用の一部を「補助」する、というという考えも必要になってくるのではないかと思います。

そしてゴルフ産業側にとって最も重要なのは「何故ゴルフ(場を使ったワーケーション)なのか?」という点について、説得力のある理論形成を行うことなのではないでしょうか。

今回の実験に参加できなかった方の中には「会社に実験参加を申請したところ“そんなところにお前が行ったら、ゴルフばっかりして仕事しなくなるだろう”と上司に言われて却下されてしまった」という方もいらっしゃいました。

その上司の方がゴルフをするのかどうかは分かりませんが、恐らくゴルフをしない上司だったのではないかと思われます。そういう方にとってゴルフは「単なる遊び」であり、ゴルフ場という場所が仕事をする場所として適している、ということが理解できなかったのではないかと思います。ただ単に業務に集中させるためだけならば、何も都会から遠く離れたゴルフ場にお金をかけて行く必要はなく都内のホテルに「カンヅメ」させれば良い話です。労働生産性の向上に加え、ゴルフ場という環境で仕事をすることによる「心身双方の健康向上に寄与すること」、そしてそれが結果的に従業員の帰属意識の高まりにも繋がり最終的には企業力の向上に繋がる、という点を如何に実証していくか?が今後のカギになるのではないか?と感じています。

まだまだ「ワーケーション」という言葉も概念も確立されておらず、ビジネスモデルとして定着させるためには産業側が解決しなければならない課題も多いのが実情ですが、大きな可能性を秘めているということは間違いないのでは、という感触を今回の実験で得ることができたのは大きな収穫だったと考えています。

今回の実験に参加した人からは「他の参加者と夜お酒を飲みながらコミュニケーションを取れたことが楽しかった」という意見や「ゴルファーだけではなく、例えばゴルフ場がクローズする季節にランナー向けの合宿を兼ねたワーケーション施設としてコースをトレーニング場として開放してはどうか」「企業の組織変更が行われた際のチームビルディングや新入社員研修の会場として使用してはどうか」「家族も一緒に連れて来れるようなフォーマットがあればもっと良かった」などといった様々な意見が挙がりました。「ワーケーション」はゴルフ場の多様な活用方法の一つであり手段に過ぎませんが、こうした建設的かつ前向きな意見は「やってみて」初めて気付くことでもあります。

今回の実証実験を実施する前には様々な場面で懐疑的、否定的な声も耳にしましたが、今後も協力頂けるゴルフ場を増やしてゆきながら日本のゴルフ産業の多様化に少しでも貢献できればと考えています。なお、今回の実証実験にご協力頂いたサニーカントリークラブは11月末を以て冬季クローズとなりますが、来年春より「ワーケーションプラン」を商品化する予定です。

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